フェミニズムをやってきた“女”たち
フェミニズムはある程度「女」のアイデンティティ・ポリティクスでもあったと確認してきた。だが、「女」とは誰を指すのだろうか。
清水さんは、「現代のAFAB(assigned female at birth: 出生時に女性を割り当てられた)のノンバイナリーの人たちに対して、あなたの先輩みたいな人たちがいっぱいいたと言うとき、『フェミニズムはすごく色々な女性がいたんだよ』と表現すべきなのか、『フェミニズムには女性以外もいたんだよ』と表現すべきなのかすごい悩む」。
かつては存在しなかった「ノンバイナリー」という新しいラベルを引き受けアイデンティティにして生きている人たちからすれば、「色々な女性がいた」と表現されることには抵抗があるだろう。女性ではないのだから。だが当時の感覚ではそうした人たちも「色々な女性」として活動し、「女の政治」にいた歴史があり、どう表現すべきかの結論は出ない。清水さんも高井さんも、研究者目線では、現在の区分法に従えば「女」ではなかったかもしれない人たちが「女の政治」のなかにいた、という仕方で二重性を担保しておきたい考えだ。
フェミニズムで「女とは何か」を考えるとき、清水さんは「トランスの女性やトランスフェミニンな人を女性と考えるのはフェミニズムにとってはあまり問題ではないんですよ。女性というカテゴリーはどんどん変わってきたので、そこが増える分には」と説明。問題になるのは、むしろ減るときだという。過去にはカテゴリーとしては存在しておらず、「女性」のコミュニティの一部を成していたトランス男性やトランスマスキュリンな人たちと、現在そして今後にどう関わるか、が問題になってくる。
もちろん、ここでいう女が「増える/減る」という話は、女性のフェミニスト視点からの話なので、話題にされているAFABのノンバイナリーやトランス男性の視点でどう考えていくべきかの議論も待たれる。
ここまでフェミニズムに誰がいたかという話が続いたが、高井さんは「フェミニズムが盛り上がっているころに同じくらい男性学のフィールドが豊かだったら、トランスセクシュアルの男性やブッチ(男性的なレズビアン)の人たちが男性の側から関わっていた可能性もなくはなかったはず」と想像する。
語の変遷にまつわる話は続く。例えば「トランス女性」や「トランス男性」という言葉も、日本ではこの5年ほどで使われる機会が増えた言葉だ。それ以前にその語でアイデンティファイしていた人はほとんどいなかった。トランス女性の代わりに「昔みんな何を名乗ってたかというと、MtFと名乗ったり、もうちょっと前だと、みんな『女装者』として生きていたわけですよ」と高井さんは話す。語が違えば、その背景にも異なるものがある。
高井さんが言うように「最近『トランス男性』という単にアイデンティティを尊重する言い方が広まっているのですけど、FtMという言葉は、何らかの意味でその人が女という旗印や記号の下を通過させられてきた事実を一つ表現していて」、本人にとってそれが大事であるFtMもいれば、拒否する人もいるわけだ。だが今後、若い頃から医療的措置を受けられる人がますます増えれば、文字通り「女」的な経験を経なくなったり、「トランスジェンダー」という感覚がなじまなくなったりするトランスの男性も増えていくに違いない。
敬意を持ってケンカしたい
時代や技術、はたまた社会やルールが可能にしていることでもあるが、「男や女であるとはどういうことかっていうのを最前線で更新しているのは、フェミニズムのなかでのトランスの人たちの重要な貢献だし、それも含めてフェミニズムには緊張があるもの」と高井さん。色々な議論が可能になっていくための緊張感は、二人も望むところだという。実際この日の2人の対談にも、独特の緊張感があった。
高井さんは、歴史を勉強する重要性を語る。「みんなケンカしてるし、女とは何かずっと議論しているんですよ。女であるとはどういう意味かに関して、世間が決めるそれにも抵抗するし、運動の中でも結構いろいろなケンカがあるのが歴史なので」。
だからこそアイデンティティを尊重すると同時に、そこから動けなくなってしまうのではなく「お互いに敬意を持ちながらケンカをするやり方というのをもう一回私たちは学び直す必要があるよね」と清水さんは言った。
フェミニズムが緊張感をもってケンカしてきた歴史に学びつつ、今後どうアイデンティティ・ポリティクスが展開していくのか期待したい。それは「トランスジェンダーのアイデンティティも尊重しよう」という当たり前の話を超えて、新たな広がりを見せることだろう。
撮影/野本ゆかこ
プロフィール
(しゅうじ・あきら)
主夫、作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)、『トランスジェンダー入門』(集英社新書)。