書店は「言論のアリーナ」か?

『本づくりで世の中を転がす』刊行記念 福嶋聡×木瀬貴吉
福嶋聡×木瀬貴吉

「これこれ」の4文字に勇気づけられた

福嶋 さて、それにも関連しますが、2章では書店による広告拒否の問題についても書かれています。

木瀬 いわゆる嫌韓反中本、ヘイト本の蔓延に出版業界から異議を唱える『NOヘイト!』という本を出版したときに、東京・神保町にある三省堂書店本店の外壁に大きな広告を出そうとしたんです。もちろん、「NOヘイト」のメッセージを発信したいという下心があってのことですが、本のタイトルなんだから問題ないだろうと考えていました。この件も本の中で書きましたが、最終的には著者名の「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」が意見広告的だから駄目だとか言われて、諦めました。2014年のことです。

 福嶋さんもご存じだと思いますが、三省堂って2012年ごろ、すさまじい数の嫌韓本を店頭に並べていたんですよね。ワゴン2台いっぱいに並んでいるのを見て呆然としたのを今も覚えています。

福嶋 その気持ちはよくわかります。私自身もあるとき、ふと自分が働いている店の「韓国・朝鮮」の棚を見たら、嫌韓本ばかりが面出しされているスペースがあって。すべての書棚をいつも確認しているわけではありませんから、「いつの間にこんなことに」とショックを受けました。

木瀬 もちろん、もっとも責任が大きいのはそういう本を「出す」出版業界です。でも、やっぱり書店、特に大型書店で働く人には、嫌韓本──今でいうヘイト本をこれでもかと寄せ集めて販売することがどういう影響をもたらすのか、考えてほしいなという思いはあります。

 といっても私も、その嫌韓本がずらりと並んだ光景を見た時点ではただ呆然として、「こんなことになっているなんて」というところで思考が停止してしまっていました。でも、翌年にころからを立ち上げて、ヘイトスピーチに抗する本を出そうとしたときに、著者の一人に言われたんです。「ヘイトスピーチをしているのはこの社会のマジョリティなんだから、止める義務や責任があるのもマジョリティなんだよ」。

 今思うと本当に恥ずかしいんですが、当時の私はヘイトスピーチに対して、差別を受けているマイノリティの人がもっと闘わなきゃ、くらいのことを考えていたんです。そうじゃないんだ、出版業界のヘイト本問題も、マジョリティである自分たちが出版業界の中から声をあげなくちゃいけないんだと気付かされて。そこから出版社としてのころからの方向性が定まった気がしますね。

福嶋 私も、あの嫌韓本が並ぶ棚を見たときはしばらく呆然とするしかありませんでした。そんなときにころからの『NOヘイト!』の新刊案内を見たので、すぐに反応してしまったんです。

木瀬 本にも書いたFAXのことですね。「20」という注文冊数の隣に、手書きで「これこれ」と書き込んでくださっていた。あれは本当によく覚えています。「こういう本を待ってた」という意味なんだろうなと思って、まだ創業から間もないときでしたし、とても勇気づけられました。

福嶋聡さん

出版業界には監督官庁がない

福嶋 もう一つ、やはり2章でとても印象的だったのが、出版業には「監督官庁がない」という指摘です。これは、書店で働く私たちも改めて認識し直さなきゃいけないことだと思いました。

木瀬 それが、40代になってから出版の道に入った私が、出版業界っていいなと思った理由の一つなんです。たとえば、私は1990年代にピースボートというNGOで働いていました。ピースボートは「国際交流の船旅」を企画しているので、国土交通省が監督官庁ということになって、そこから行政指導を受けることもあるわけです。でも、出版と新聞には、その監督官庁自体がないんですよね。

 それはつまり、国策に左右されないということです。石炭とか原発、あるいは繊維産業のように、国の方針に影響されて隆盛する、衰退するといったことが起こりにくい。それがいいなと思ったのですが、たとえば書店で働く人は、入社時にそういうことも学んだりするのでしょうか?

福嶋 いえ、本来はもっと学ばないといけないし、学ばせるべきだと思いますが、「明日から仕事ですぐ役に立つ技術」以外はなかなか教えられていないのが現状ですね。本来ならそういうこと、あるいは再販維持制度や出版取次の歴史などについても、知っておいて損はないと思うのですが。

 「監督官庁がない」という話に関連して言うと、最近、経済産業省が書店支援策を打ち出しているでしょう。戦時中に出版取次を独占していた日配(日本出版配給株式会社)のことを思い出すというと大げさかもしれませんが、やっぱり気持ち悪い気がしています。

木瀬 今日来ている方は出版や本に興味がある人が多いと思うのでぜひ知っておいてほしいのですが、この経産省の書店支援策を動かしているのは自民党で、自民党議員によって構成された議員連盟があります。略称を「書店議連」というのですが、実は正式名称は「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」。つまり「街の本屋さんを元気にする」のはダシで、「日本の文化を守る」のが主なんですね。こういうところが主導して支援策を打ち出しているわけですから、書店側はかなり脇を固めていかないと、何らかの形でつけ込まれるんじゃないかと思います。

福嶋 公正取引委員会は何十年も前から、出版業界に対して再販制度の見直しを要求し続けています。昔ながらの慣習が自由な取引を邪魔して業界を駄目にしている、というんですね。90年代にもその要求が非常に強くなったときがあって、それは明らかに日米構造協議の影響だった。もっとありていに、Amazonを日本に上陸させるためだったんじゃないかという人もいます。こうした歴史を知らないと、また要求が強まったときに「あのときと同じじゃないか」と気づいて抗うことができなくなる。「脇を固める」ためには、そういうところから学んでいかないといけないと思います。

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プロフィール

福嶋聡×木瀬貴吉

福嶋聡(ふくしま・あきら)

書店員。1959年、兵庫県に生まれる。京都大学文学部哲学科を卒業後、1982年2月ジュンク堂書店に入社。仙台店店長、池袋本店副店長などを経て難波店に。2022年2月まで難波店店長をつとめる。著書に、『書店人のしごと』『書店人のこころ』(以上、三一書房)、『劇場としての書店』(新評論)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書)、『書店と民主主義』(以上、人文書院)、『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』(dZERO)、共著に『フェイクと憎悪』(大月書店)、『パンデミック下の書店と教室』(新泉社)などがある。

木瀬貴吉 (きせ・たかよし)

出版社「ころから」代表。1967年滋賀県生まれ、早稲田大学第二文学部中退。1991年からNGOピースボートに勤め2004年に退職。地域紙記者を経て、2008年に出版業界へ。2013年に二人の仲間とともに「ころから」を設立。加藤直樹『九月、東京の路上で』、永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる』、ソン・アラム『大邸の夜、ソウルの夜』など、これまでに約80冊の本を刊行。

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