書店は「言論のアリーナ」か?

『本づくりで世の中を転がす』刊行記念 福嶋聡×木瀬貴吉
福嶋聡×木瀬貴吉

「言論のアリーナ」論をアップデートする

木瀬 ただ、これは以前、千葉県で本屋「lighthouse」を営む関口竜平さんが福嶋さんとの対談イベントでおっしゃっていたことですが、「言論のアリーナ」論も、アップデートしていくべきときが来ているのではないでしょうか。最初は「苦し紛れの発言」から始まったとおっしゃいましたが、そこからもう10年以上が経っているわけですから。

福嶋 それはおっしゃるとおりだと思っています。

木瀬 そのときに、具体的にどういう方法があるのかということですが……福嶋さんが以前、ご著書の中で、店に『大嫌韓時代』を並べるときに、帯の言葉があまりに挑発的だったのでそれを外して売ったという話を書かれていましたよね。それを読んでいて、下北沢のある本屋の店員さんに聞いた話を思い出したんです。

 その店員さんが「いい本だな、売りたいな」と思う本があったのだけれど、帯のコメントを書いているのが差別的な発言もしているインフルエンサーだった。そこで、その本を出している出版社の営業の方が顔を出されたときに、「いい本だけど、この人の帯が付いている限りは売りたくない」と言ってみたんだそうです。そうしたら、その営業さん、どうしたと思います?

福嶋 帯を外したんですか。

木瀬 ではなくて、次の週にその本屋さん専用の、インフルエンサーのコメント入りではない帯を新しく作って持ってきて、1冊ずつ巻き直してくれたんだそうです。

 そういえば、『日本国紀』が文庫化されたときに大阪の清風堂書店さんが「歴史改竄ファンタジー」と書いたポップを添えて販売したことも話題になりました。そうした小さい試みの積み重ねが「言論のアリーナ」論のアップデートにもつながっていくんじゃないかと思ったのですが、どうでしょうか。

福嶋 そういう積み重ねはすごく大事ですよね。

 「言論のアリーナ」論をアップデートしなくてはならないというのは、本当にそのとおりだと思っています。先ほどの「流れ弾」の問題もそうですし、あと社会全体の状況の変化への対応も必要です。

 ヘイト本そのものの数は一時期より減ったかもしれないけれど、その分同じような言説がネット上で膨大に流れるようになっている。そして、それに影響されてかどうかは分かりませんが、社会全体が外国人を排斥することをよしとする方向に流れていってしまっている。発言するにしろ書くにしろ、そうした変化はしっかり踏まえなくてはならないと感じています。

木瀬 これも本に書いたことですが、日韓の言葉を話し、両国の出版業界にも精通されているベク・ウォングンさんという方が、「日本でのヘイト本の氾濫は、知識人の恥だ」とおっしゃっています。この言葉は非常に重いと思うのです。

 「ヘイト本が出版される」ということと「ヘイト本が氾濫する」ということはまったく位相が異なります。そして、2010年代の日本で起こったことはまさに「ヘイト本の氾濫」。ヘイト本が出版されたという単体の出来事ではなく、その事象が社会全体に一つの「層」として現れてきたわけです。その「層」を押し返す力が、日本の知識人になかったということですよね。

 知識人というのは、何も大学の先生だけではありません。本を書く、作る、売る、そういう作業をしている人を知識人と呼ばずして誰を呼ぶのか。ベクさんの言葉は、出版に関わる私たち自身も深く受け止めなくてはならないものだと思っています。

福嶋 ヘイトの問題を取材し続けているジャーナリストの安田浩一さんも、かつて出版社にいたときに、嫌韓・反中本が出てきたのを見て「こんなむちゃくちゃな本はどうせすぐ廃れるだろうと思ってしまった、それが間違いだった」と書いておられたように記憶しています。また、歴史学者の方で「いわゆる歴史修正主義の本が出てきたとき、私たちはこんなものは歴史学じゃないと歯牙にもかけなかった、それが後になって響いてきている」とおっしゃっていた方もいました。

 おそらく今、知識人の責任は、机上である種の「高尚」な議論ばかりをしているのではなく、街中で、あるいはネットの中でどんな言説や現象が広がっているのかについても検証し、きちんと反論していくことなんじゃないでしょうか。そう、ずっと考えています。

撮影/李信恵
構成/仲藤里美

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プロフィール

福嶋聡×木瀬貴吉

福嶋聡(ふくしま・あきら)

書店員。1959年、兵庫県に生まれる。京都大学文学部哲学科を卒業後、1982年2月ジュンク堂書店に入社。仙台店店長、池袋本店副店長などを経て難波店に。2022年2月まで難波店店長をつとめる。著書に、『書店人のしごと』『書店人のこころ』(以上、三一書房)、『劇場としての書店』(新評論)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書)、『書店と民主主義』(以上、人文書院)、『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』(dZERO)、共著に『フェイクと憎悪』(大月書店)、『パンデミック下の書店と教室』(新泉社)などがある。

木瀬貴吉 (きせ・たかよし)

出版社「ころから」代表。1967年滋賀県生まれ、早稲田大学第二文学部中退。1991年からNGOピースボートに勤め2004年に退職。地域紙記者を経て、2008年に出版業界へ。2013年に二人の仲間とともに「ころから」を設立。加藤直樹『九月、東京の路上で』、永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる』、ソン・アラム『大邸の夜、ソウルの夜』など、これまでに約80冊の本を刊行。

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