柳澤さんが内閣官房副長官補として自衛隊のインド洋補給活動そしてイラク派遣の司令塔だった頃、僕はアフガニスタンで日本政府特別代表として、ブッシュ政権が崩壊させたタリバン政権後の占領統治に関わっていた。小泉政権の時である。
インド洋補給活動は、9・11同時多発テロ後、実行犯アルカイダを囲うタリバン政権へ報復攻撃としてアメリカが個別的自衛権、NATOが集団的自衛権を行使した軍事作戦の一環である。そして、国連が全加盟国に対して治安維持のための軍事介入を求め、海上自衛隊派遣は、この国連決議を根拠にしている。後のアメリカのイラク侵攻は、NATOでも軍事介入の是非で割れたが、フセイン政権崩壊後、国連決議が発動され、陸上自衛隊サマワ派遣の根拠となった。
この一連の「テロとの戦い」は、もはや、「アメリカの勝手な戦争」ではなく、地球的ことでもない。アメリカと直に取っ組み合うことでしか感知できない大国のジレンマをこちらが主体的に汲み取る。これができるのは柳澤さんしかいない。
柳澤さんは「官僚の良心」である。冷戦時のソ連、そして中国の台頭、北朝鮮の脅威を前に、アメリカの軍事拠点でしかない日本を、それでも主権国家として存続させるべく、その拠り所を立憲主義に定め、その死守に奔走しながら、アメリカに内包された国防と国益を実現してきた。その立憲主義が日本人自身の手によって窮地に追いやられた今、柳澤さんは決心する。単なる政権批判ではない。当のアメリカも「テロとの戦い」で窮地に追いやられている今、日本の、いや、世界の安全保障の新たなパラダイムの提示が必要だ。それが本書である。
いせざき・けんじ ● 東京外国語大学大学院教授
青春と読書「本を読む」
2015年「青春と読書」3月号より