対談

好きな仕事を職業にしたら、人生はキラキラする⁉

髙野てるみ×辛酸なめ子
髙野てるみ×辛酸なめ子

洋画配給会社を設立し、『サム・サフィ』『ギャルソン!』などのフランス映画を日本に送り出した映画配給プロデューサーであり、シネマ・エッセイストとしても活躍する髙野てるみさんが、『職業としてのシネマ』(集英社新書)を上梓しました。

本書は、配給やバイヤー、宣伝などの映画の仕事について、やりがいや面白さ、難しさなど、現場のリアルな実情や仕事を続けるモチベーションについて伝える一冊。現場の豊富なエピソードは映画業界で働きたい人はもちろん、映画愛好家にもたまらない一冊となっています。また、ひとりの職業人として好きな仕事に情熱を注ぎ突き進む髙野さんの生き方に、仕事をする誰もが影響されるような一冊です。

本書の刊行を記念し、イラストレーターやコラムニストとしてマルチに活躍し、最近新刊『新・人間関係のルール』を発売されたばかりの辛酸なめ子さんとのトークショーが行われました(司会進行はラジオパーソナリティの楠えりかさん)。

自分が好きな仕事で活躍し、たまたま母校が一緒という共通点もあるお二人。学生時代になりたかった職業にもさかのぼり、仕事の醍醐味や困難の乗り越え方、また、なめ子さんもフランス映画が好きなことからフランス映画や映画祭での裏話、フランス文化についての話題でも盛り上がりました。

※7月10日に中目黒 蔦屋書店さん主催で行われた配信イベントを記事化したものです。

配信イベントでのパソコン画面

 

仕事のやりがい、面白さ

辛酸 映画配給の仕事って具体的にどういう仕事なのかわからないことが多かったので、髙野さんの本を読んですごく理解が深まりました。勇気が必要だったり、語学力やコミュニケーション力だったり、本当に人としてのスキルが高くないとできない仕事だと感じました。

髙野 ありがとうございます。確かに、この仕事ってロボットに代わられることのない仕事だと思うんです。よくロボットに仕事が乗っ取られるという話がありますけれど、映画配給の仕事って時代を経ても、ほとんど変わっていない。だから本当に人の英知を発揮できる、そういう意味ですごく面白い仕事だなと思っています。

辛酸 コメントを出す人を選ぶのはAIでもやっちゃいそうですよね。「今、この人がコメント力がある」みたいな。

髙野 仰る通りで、コンピューターに全部任せて、どのくらい映画が当たるかとか予想したり、タイトルもコンピューターで決めている会社さんもあるようです。でも、そういう分析だけでは、例えば『カメラを止めるな!』のヒットとか、予測不能なことが多いんです。

なめ子さんも観ていただいたうち(巴里映画)の『サム・サフィ』も、雑誌の表紙にまでなるとはロボットには予想できなかったでしょう。この仕事って、ギャンブルとは少し違って、人事を尽くして天命を待つ、みたいなところがあります。トライしたものがどんな評価がもらえるか、毎回楽しいんですよ。

辛酸 そのトライしたことが良い結果になる時もあればイマイチな時もあって、それでもそこが面白くて次の原動力になるということですね。

髙野 そうですね。後に『ピアノ・レッスン』という映画で世界的大ヒットを出すジェーン・カンピオン監督の第一作『スウィーティー』も、うちの会社で配給したんですけれど、当時は私自身もそこまでブレイクする監督さんだとは想像できませんでした。こういう言い方は失礼かもしれませんが、原石がダイヤモンドになるまでの軌跡を見届けられるというのも、この仕事を続けるモチベーションになっていますね。

辛酸 交渉での難しい局面とか、苦労とかもあるんじゃないですか?

髙野 私、苦労はあんまり感じないんです。登山と一緒で、頂上についたら疲れが吹っ飛ぶ。だから頂上に着くまではどんなに苦しくても途中下山はしません。

ただ、映倫(映画倫理機構)さんとのやり取りは大変です。たとえば、リシャール・ボーランジェ出演の『フランスの思い出』ではうさぎの血抜きシーンとか、『TOPLESS』という映画では一番面白い、動物病院の中での出産シーンを全部ぼかします、とか言われる。大事なシーンがぼかされたら監督の意図と違うものになって何の意味もないですよね。その辺を交渉して乗り越えなくてはならない。仕事の一環ですから、「苦労」というのとは違いますけれど。

辛酸 ご本の中で、批評家からネガティブなことを言われたっていう話もありましたよね。

髙野 それも、全部誉め言葉だと受けとめてきました。『サム・サフィ』の話題作りの一環として、公募してタイトルを付けるということをしたときも、非常識だと、周りから散々言われたんですよ。オピニオン・リーダーにコメントをお願いするという試みも、「評論家の仕事を減らした」と批判されました。でも、評論家という絶対的なその道のプロだけじゃなくて、他のジャンルの方からもご批評をいただいて裾野を広げたかったんです。そういう取り組みを始めたのはうちが最初だと思います。

司会 そういう大変な仕事を乗り越えられる原動力は、やはり好きな仕事だからという部分が大きいのでしょうか。

髙野 私も雑誌の編集をしていて一応クリエイターなので、映画の仕事もこういうクリエイティブな宣伝ができなかったら続けられなかったと思いますね。自分の選んだ作品に付加価値を付けることで間口を広げていく、というところに面白さを感じます。

辛酸なめ子さん

映画配給プロデューサーの素質とは?

辛酸 私は『ラマン』とかにすごく憧れて、マルグリット・デュラスとか、シャルロット・ゲンズブールがすごく好きで、フレンチロリータみたいなファッションや生き方に憧れてフランス語を習いに行ったりもしたんですけど、全然身に付かなかったんです。髙野さんの本を読んで、すごく語学が堪能のように感じたんですけど、やはり映画配給プロデューサーの仕事では語学力が重要なんですか?

髙野 うちの会社にもよく若い方から、「フランス語が得意だからフランスと日本の懸け橋になりたい」と入社希望があるんです。でも、むしろ日本語が達者じゃないといけないし、日本の状況をよくわかっている人が、こちらは歓迎なんです。語学も、基本的には英語。交渉なんかで変にフランス語を混ぜたら絶対ネイティブに負けますから。

困っているスタッフには、「スピークジャパニーズ!」って言ったらいいのに、と言います。そうやって自信を持って欲しいと。映画を買ってあげる立場の我々がなぜ相手に合わせなければならないのか。買ってほしかったら日本語で話したっていいじゃないか、と言うんです。

会社を立ち上げて2作目の『ギャルソン!』という映画も、主演のイヴ・モンタンが現地ではあまり勢いがなくなってきて、日本ではどうしようという雰囲気だったんです。モンタンのファンだけでは観客は限られるし、一歩間違えば古いという印象にもなりかねない。でもちょうど日本ではギャルソンブームが始まるところだったんです。それと、「コム・デ・ギャルソン」というブランドが人気だった。そういう機運が、今この時期この映画をやるべきという直感になる。だから、意外とフランスのことだけ知っていてもダメで、日本のことこそよく知らないとダメなんです。

辛酸 日本のブームと絡められればっていうことなんですね。

髙野 そうですね。やっぱり日本の今の時代性を掴んでいかなくてはいけないんですよね。

それでいうと、なめ子さんの新刊ではコロナの人間関係とコロナ後の人間関係までをお書きになっていて、このタイミングでこの本を出すっていう、そういう機を逃さないエネルギーに感服しました。

 

フランス人の気質

辛酸 フランスはコネ社会だからまず最初に誰と知り合うかが重要だ、という話もよく聞きます。

髙野 一度知り合った人とは長く付き合いますね。シャイなところが日本人と似ているかも。ハグしてチュッ、チュッと両頬にキスしたら向こうからもしてくれて、それだけでわかり合えますよね。自分からすれば絶対に拒否されない。右の頬にキスをすれば左を出してくれる(笑)。

辛酸 え~、そんなことやったことないです! 髙野さんはフランスに行ったら、例えば毎回30人くらいとそういう行為を?

髙野 その時々で違いますけれど(笑)。動物も臭いを嗅ぎ合ったりしますよね、「私は危害を与えません」という意思表示というか。すごく親しくなくても心を開いてくれて、悲しいことがあったら同情してくれる。フランス人って、よく言われる「冷たさ」みたいなものは全然ないんですよ。

司会 個人主義みたいなところがあるから冷たい感じだと思っていました。

髙野 個人主義というか、人を羨ましがらないですね。日本ではお金持ちが羨ましがられますけれど、そういうことがない。それこそ、その人がその職業に徹している姿を羨むというか、リスペクトするんです。特に映画関係の人にはすごくリスペクトを持ってくれます。たとえば映画祭のときも、若い人がたくさんいるような「三つ星」くらいのプチホテルに泊まるので、私がプロデューサーだとわかるとパーティーに誘ってくれたり。

フランスはマダムをすごく大事にしてくれます。自分の彼女が横にいても年上の女性が近くにいれば、鞄を持ってくれたりするんですよ。

辛酸 持ってくれるんですか。そのまま盗むとかじゃなくて(笑)。

髙野 ハハハ、とんでもない。日本だとそう思われちゃいますかね(笑)。以前フランスから戻ったばかりの空港で、つい隣の見知らぬ日本人男性に「ちょっと荷物持ってくださる?」と言ったら、激しく拒否されて(笑)。日本だとそういう悲しい状況ですけれど、ある程度の年齢になったらフランス行くとすごく良い目にあえますよ。

辛酸 フランス人って人の時計を見て経済力を計ったりとか、そういうのはあるんですか?

髙野 私はホテルとかレストランとか、高級なところは行っていなくて。食事も映画の『ギャルソン!』じゃないですけれどブラッスリーが好きで、日本でも食堂とかが好き。ホテルも「三つ星」ホテルに泊まるんです。そうするとすごくみんなフレンドリーで「今日あなたが来るって聞いたから僕が所有している花畑のチューリップを飾っておいたよ」なんて言ってくれたり。だから、時計とかで人を計ったりはしていないと思いますね。

ただ、身なりはある程度きちんとしていないとダメですね。カンヌ映画祭でもジャケットを着てないと相手にされません。フランスではジャケットがすごく大事なんです。

辛酸 髙野さんもジャケットの着こなしが慣れてらっしゃいますものね。

髙野てるみさん

社交パーティーで見るフランス人のおもてなし

辛酸 カンヌ映画祭のパーティーってどんな感じの社交界になっているんですか?

髙野 どの作品もノミネートされるとパーティーを開かなくてはいけないんですけれど、これが本当に工夫があって楽しいんです。私が感心するのは、フランス人っていかにお金をかけずにオシャレに演出するかがすごく得意なんですよね。海辺にテントをたてたり、カフェを貸切ったり。日本だとホテルでビュッフェとか、すごくお金かけますよね。でもフランス流では、オフィスやホーム・パーティとか、チーズとワインとお水しかなかったりしますね。

辛酸 手土産とかは必要なんですか?

髙野 手土産も、日本だと包装ばかり立派で中身はあんまりなんてこともありますけれど、それと真逆で、自分のハンカチに手作りクッキーを包んだりして、そういうことに見栄を張るのが卑しいという感じなんですよね。ブランド品を身につけている人は特別な人ですね。自分らしさを大事にしているから。パーティーでもお金がかかっていることを競うのではなく、自分らしさを主張したおしゃべりや装いにこだわっている人が多いですね。

司会 髙野さんの会社の「ガラージュ(GARAGE)」という多目的サロンのパーティーに招待していただくと、いつも髙野さんのおもてなしに感動します。それもフランスの影響でしょうか。

髙野 そうかもしれません。私は料理が好きですが、高価な材料を使うより、あるものを活かして、どうやってこれをオシャレに見せるかって考えるのが好きなんです。「レストランでもやれば?」なんて言われても、「職業としてのお料理」は考えていないんです。やっぱり職業として取り組むなら生半可じゃできないですからね。

 

小さいときになりたかった職業

辛酸 私は小学校の時のアルバムには「女子アナ」と書いていた気がします。「漫画家になりたい」とも言っていたと思うんですけど。女子アナの夢は、同じ中高に2人くらい女子アナになった方がいて、その活躍を見て満足していましたね。

髙野 漫画家の夢は叶えられたわけですね。以前、なめ子さんが雑誌の特集で言葉集についての漫画を描かれていたとき、私のココ・シャネルの本にも触れてくださってすごく嬉しかったです。

私は、小さいときから今もなりたいのは映画監督です。私が映画監督になっていない理由として、文章は書けても脚本が書けないというのがあって。だからオリジナル脚本は諦めて原作で作りたいと思うんですけれど、なめ子さんの新作を読んでいるとすごく映像が浮かんでくるんですよね。フランス映画の笑いに近いんです。

こういう人間観察の分野ではなめ子さんが一人勝ちしている。まさに『職業としての辛酸なめ子』だと思います。

蔦屋書店さんでの配信模様

好きな仕事をしていても辛いことはある。それを乗り越える方法は?

髙野 私は悩んでいるのが好きじゃないんです。シャネルが15年間隠遁して復帰した際のコレクションで大失敗したとき、臆せず、次のコレクションの準備に切り替えたように、すぐに次の対策を考えて行動に移す。失敗したところを見られたくない、見栄っ張りなんですかね。

辛酸 私の場合は時間が解決してくれる。忘れるっていうことでしょうか。最初は落ち込んでも、気づいたら薄らいでいる。

髙野 忘れるというのはすごく良くて、私くらいの年齢になると本当にすぐ忘れるんですよ。だから、若い方で今、何日も思い悩んでいてもこの先は大丈夫ですよ。

辛酸 「忘れる」って執着しないってことですもんね。

髙野 そう。だって誰と喧嘩したかまで忘れちゃうんですよ。

あとは、年齢とともに祖母譲りで、六曜とかお日柄を見るようになりましたね。今日は大安だから大丈夫、とか。近くの神社とかお寺にもよく行っていて、気持ちが穏やかになって良いですよ。

それから、キラキラしたものを見て、シャネルの香水「EGOIST」をつけるとすごく元気になる。五感を使ってエネルギーをもらうというか。香水は魔除けにもなるって言いますしね。

 

好きな仕事をするかしないかで人生はどう変わる?

辛酸 私の場合は、気づいたらこうなっていた、というか、流れに身を任せてきたところがあって。今している仕事が好きな仕事じゃなくても感謝して誠実に仕事をしていれば良い話がきたり、徳を積んでいけば良い方向に向かうのかな、とは思います。

髙野 本にも書いたんですが、「好きな映画を配給できないから辞めたい」という方が多いんですけれど、好きか好きじゃないかの前に、なめ子さんが仰ったように自分に与えられた仕事に感謝して、好きになってみたら良いのかなって思います。

仕事が好きかどうかなんてすぐにはわからないですし、損か得かとかすぐ考えたりあれこれ気移りしたりしないで、まずは目の前にあることを精一杯やって深めていくと、何の仕事でも絶対に面白みを感じられるようになると思います。■

 

構成/市野うあ

撮影/野本ゆかこ(辛酸氏)、安井進(髙野氏)

 

関連書籍

職業としてのシネマ

プロフィール

髙野てるみ×辛酸なめ子

髙野てるみ(たかの てるみ)

映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト。東京都出身。株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。1987年に洋画配給会社を設立し『テレーズ』『ギャルソン!』『サム・サフィ』『ミルクのお値段』『パリ猫ディノの夜』などフランス映画を中心に配給・製作を手がける。編共著に『映画配給プロデューサーになる!』(メタローグ)、著書に『ブリジット・バルトー 女を極める60の言葉』(PHP文庫)、『仕事と人生がもっと輝くココ・シャネルの言葉』(イースト・プレス)など多数。

辛酸なめ子(しんさん なめこ)

1974年、東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書多数。近刊に『新・人間関係のルール』(光文社新書)がある。

 

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好きな仕事を職業にしたら、人生はキラキラする⁉