約40州がすでに医療用や嗜好用など何らかの形で大麻を合法化している米国が、連邦法の非犯罪化に向けた大きな一歩を踏み出した。
バイデン大統領が10月6日、連邦法の下で大麻の単純使用で有罪判決を受けた何千人もの人々に恩赦を与え、大麻を最も危険な薬物として分類している現行法の見直しを検討すると発表したのだ。この法律とは、大麻を反体制文化の象徴として目の敵にしていたニクソン元大統領が1970年に制定した「規制薬物法(CSA)」で、大麻をヘロインやLSDなどと並んで最も危険な薬物に分類してきたもの。以来、半世紀以上にわたって維持されてきた連邦政府の厳罰政策を根本的に変えようとするもので、今回の発表は画期的と言える。
バイデン大統領は同日のビデオメッセージで、「誰も大麻を使用または所持しただけで刑務所に入れられるべきではありません」ときっぱり述べ、こう続けた。
「大麻所持の前科は雇用や住宅、教育などの機会に無用な障壁をもたらし、人種間の所得格差も悪化させています。白人と黒人とヒスパニックの人たちが大麻を使用する割合は同程度なのに、黒人とヒスパニックが逮捕され、起訴される割合が圧倒的に高い。大麻へのアプローチが失敗したため、あまりにも多くの人の人生を狂わせてきました。この過ちを正す時がきたのです」
大麻関連の逮捕者が黒人などに偏っていて人種差別的であることは以前から指摘されてきたが、間違った大麻政策が多くの人(特に有色人種の若者)の人生を台無しにして、結果的に次世代の犯罪者を生み出してきたのである。実際、米国自由人権協会(ACLU)が2010年から2018年までの大麻関連の逮捕データを分析した報告書では、黒人は白人よりも所持で逮捕される可能性が3倍高いことがわかっている。
中間選挙まであと1カ月というタイミングで、バイデン大統領が大麻政策の変更を発表したことに対し、野党共和党の議員からは、「選挙目当ての必死の試みだ」などの批判が出た。しかし、バイデン大統領としては2年前の大統領選で連邦レベルの大麻非犯罪化を公約に掲げたため、どうしてもやる必要があったのである。それでも大統領のメッセージには政治的思惑を超えた、並々なら決意と意欲が感じられて好感が持てた。
本稿ではこの政策変更にどんな意味があるのか、そして米国社会や合法大麻業界、さらに日本にどんな影響をもたらすのかについて考えてみたい。
大麻所持の犯罪歴が抹消される
まずは、単純な大麻所持を理由に連邦裁判所で有罪判決を受けた人に恩赦が与えられ、これによって、犯罪歴は自動的に抹消される。バイデン大統領も指摘したように、この犯罪歴によって雇用や住宅購入、教育などの機会が奪われてきたため、当事者にとっては重大な問題であった。
連邦当局によると、1992年から2021年に大麻所持で有罪となった6,500人以上が恩赦の対象になるという。しかし、この他にも各州の裁判所で有罪判決を受けた人が相当数いるため、バイデン大統領は全米の州知事に対して同様の措置を取るように求めた。
州レベルの大麻解禁が進む米国では、すでに38州が医療用を、19州が嗜好用を合法化したが、一方で、残りの約10州は非合法のままになっている。州法と連邦法の大麻規制が異なるため、たとえば、合法化された州の法執行機関が連邦捜査官と対立したり、それらの州の住民が大麻を使用した場合、連邦捜査官に逮捕されるかもしれないという不安を完全に消すことができなかったりなど、様々な問題に直面していた。
州法と連邦法の違いをいかに埋めるかは喫緊の課題だったが、今回の恩赦はそれに対処するための1つの方法でもある。しかし、恩赦はあくまで有罪判決を受けた人が対象なので、根本的な解決にはならない。だからこそバイデン大統領は、大麻の医療目的の使用も禁止した「薬物規制法(CSA)」の見直しを検討するとしたのである。
1970年に制定されたCSAについては拙著『世界大麻経済戦争』でも詳しく述べたが、これは薬物を乱用の危険性や依存性の強さ、医療効果の有無などによって、規制レベルの高い順に「スケジュールI 」~「スケジュールV」に分類したものだ。
問題は、総合的な危険度はカフェインと同等程度とされる大麻が最も危険なスケジュールⅠに分類されたことである。これにはCSAの制定を主導したニクソン大統領(当時)の個人的な思惑(大麻嫌いの)が反映されていると指摘され、専門家の間でも疑問が呈されてきた。
有力紙『ニューヨーク・タイムズ』も大麻解禁の機運が盛り上がった2014年、社説のなかで、「大麻より危険性、依存性が高いとされるコカインやメタンフェタミン(覚せい剤)はスケジュールIIに分類されている。これは実質と刑罰のバランスを欠いているのではないか」(7月27日)と批判した。
大麻の規制変更で何がどう変わるのか
そのためバイデン大統領は大麻をスケジュールIからより規制の緩い分類に移すか、あるいはスケジュールから外してしまうかどうかの検討を始めたのである。大麻をCSAから外して連邦法の刑事罰を廃止すれば、すでに合法化されている州と同じような状況になる。実はこれを実現するチャンスは過去にもあった。
2020年12月、民主党が多数派を握る議会下院で、大麻をCSAのスケジュールから外し、大麻の生産・流通・所持などに対する刑事罰を廃止するという「マリファナ機会・再投資・抹消法(MOREA)」法案が可決された。これには過去の大麻関連の犯罪歴を抹消し、大麻製品に課税する条項なども含まれていたが、大麻を合法化する法案が連邦下院で可決されたのは米国史上初めてのことだった。この時、民主・共和両党の勢力が拮抗していた上院での可決はならなかったが、もし可決されていたら、バイデン大統領の署名により成立していたかもしれない。
ちなみに合法化と非犯罪化の違いは、合法化は特定の製品または行為を禁止した法律を廃止することを意味し、非犯罪化はその行為は違法だが、刑事罰は科せられないことを意味する。バイデン大統領は非犯罪化することは明言したが、大麻製品に課税する合法化については、はっきり述べていない。
それから大麻関連ビジネスへの影響だが、CSAの見直しはすでに合法化されている州で医療用や嗜好用の大麻製品を生産・販売している企業に良い影響をもたらすことが予想される。州レベルで合法化されていても連邦法で禁止されている大麻を扱う企業はこれまで、銀行と事実上取引できないため融資を受けられなかったり、法人税の申告の際に税額控除を受けられなかったりと様々な不利益を強いられてきたが、非犯罪化されれば、これらの問題は解消されるからである。
難しい状況にありながらも大麻業界のビジネスは好調で、大麻関連の情報調査会社「ニュー・フロンティア・データ」によれば、2020年の米国における合法大麻の売上高は200億ドル(約2.9兆円)に達したという。連邦レベルの非犯罪化、さらに合法化が行われれば、その業績はさらに飛躍的に伸びることが予想される。
それでも日本は厳罰化を進めるのか
このような海外の大麻解禁の流れに逆行して、日本の厚生労働省はいま、新たに「大麻使用罪」を創設して厳罰化を進めようとしている。しかし、それによって何がもたらされるのかと言えば、バイデン大統領も指摘したように、大麻の使用や所持で逮捕され、刑務所に送られ、人生を狂わされる人を増やすだけであろう。
考えてみれば、「ダメ、ゼッタイ!」に象徴される日本の大麻政策は、米国の指示でつくられたものである。その詳しい経緯については拙著で説明しているが、終戦後の1948年に、当時の日本政府は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に命じられて、それまで規制の対象となっていなかった大麻を禁止するための「大麻取締法」を制定した。
米国政府が日本にそう指令したのは、米国内の石油・化学繊維業界などの圧力や政治的な思惑から大麻を禁止していたからである。つまり、米国は自国の政策を日本に押し付けたわけだが、当時の日本政府の担当者も、GHQから大麻取締法を作るように指令がきた時は、「驚いた。何かのまちがいではないかとすら思った」と正直に述べている。
しかし、その後、米国では大麻の健康影響に関する科学的および医学的な研究調査が進み、その中毒性や依存性などを含めて大きな問題はなく、普通の成人が少量の大麻を使用しても問題はないこと、さらに様々な医療効果があることなどがわかってきて、州レベルの合法化が急速に進んだ。このような状況を踏まえ、バイデン大統領の今回の発表に至ったのである。
日本に間違った大麻政策を押し付けた「張本人」である米国の大統領がその過ちを認め、それを正すための行動を取り始めた。それにもかかわらず、日本はさらなる厳罰化を進めるのか。厚労省の担当者は、バイデン大統領の「誰も大麻を使用または所持しただけで刑務所に入れられるべきではない」というメッセージをどう受け止めているのだろうか。
プロフィール
矢部武(やべ たけし)
1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。