2025年5月刊行の『子どもの自殺はなぜ増え続けているのか』の著者で、長年この問題を取材してきたフリーライターの渋井哲也さんと、自身も虐待被害と4度の自殺未遂を経験した作家・小林エリコさん(著書に『この地獄を生きるのだ』/イースト・プレスなど)。
6月28日に東京・高円寺パンディットでの出版記念イベントで当事者と取材者、それぞれの立場から、子どもの自殺や虐待の現状を語り合いました。前編に続き、後編は小林エリコさんの体験を主軸に対話を重ねました。
構成/佐野千恵美
兄からの性虐待によって、24時間死ぬことのみを考えた日々
渋井 子どもの場合、統計的には、虐待が原因の自殺ってそんなに多くないことになってるんですけど、実際に取材してみると、6〜7割くらいの人が家族のことで悩んでるんですよね。
小林 たしかに私は、虐待を受けてたってことを公にしてるんですけど、当時は児相(児童相談所)に通報とかもしてないし、警察の統計にも一切残っていない。
渋井 そういうケースがたくさんあるんですよね。
小林 そうだと思います。私は兄から小3からの1年間くらい、寝ている時に股間に顔をうずめられるなどの性的虐待を受けていました。私が子どもの頃は、そういうことが家庭内で起こるというのを知られにくかったんです。最近やっとメディアでも、家庭での性暴力について発信するようになっていますが、当時は兄からひどいことをされても、相談できるような窓口もありませんでした。
特にきつかったのが、お風呂に入るのをやめたことがあったんです。私が汚くなれば、兄に触られることもないんじゃないかと思って……。お風呂場でも触られたり、すごくイヤなことされてたので。
お風呂に入るのをやめたら、次は学校で「小林、臭い」といじめられました。家でもイヤな目に遭って、学校に行っても兄の虐待をきっかけにバイ菌扱いされて……。中学校でもそのままいじめが続いて、泣くまでクラスメイトに蹴られるとか、教科書を踏みつぶされるみたいなこともありましたね。
渋井 お兄さんとの関係が普通ではないということに、いつ頃気が付かれたのですか?
小林 私の様子がおかしいので、1年くらいして母が気付いたんです。夜、両親が子ども部屋に入ったら、兄が私にとんでもないことをしていたので、父が兄をボコボコに蹴りました。そのあと、別々の部屋にされたんです。でもそれだけで終わりました。被害者として納得がいかないのは、兄の部屋にはテレビ、ビデオ、ファミコンが全部あるんですよ。私のほうは何もない畳と本棚だけの部屋で、差をすごく感じましたね。
自分がされてることはすごく異常なことだと思っていたんですが、それ以来家族はそのことに触れないし、私の具合が悪いのもただ「エリコは体が弱いから」みたいになってしまいました。実際、虐待を受けると体の免疫力が下がるらしいんですよ。小学校の時は年に何回も風邪をひいて、ずっと治らないこともありました。
渋井 家では性的虐待をされ、学校でもいじめられてという状況下だと、自傷行為をしてしまう人も多いと思うんですが、どうでしたか?
小林 中学時代はリストカット自体を知らなくて何もしてなかったんですけど、高校時代は、自宅で勉強中に教科書を引き裂いて口に入れて噛み砕くという行為をしていました。
死にたい人って、起きた瞬間から死にたいんですよ。朝起きて夜寝るまで死にたいし、夜、目をつぶっても眠れないので、意識がある間、24時間死ぬことのみを考えるという感じでしたね。死んだほうが本当に楽だと思いましたね。
措置入院ではじめてPTSDだと診断を受ける

渋井 つらかったのに、大人も助けてくれなかったわけじゃないですか。大人への信頼感とか男性に対していいイメージはないですか?
小林 まったくないですね。当時の私に信頼できる大人が一人でもいたらよかったんですが、本当にいませんでした。父は毎晩酒を飲んで帰ってきて、暴れて母親を殴るんです。とにかく私は父が暴れるのが嫌だったので、父の話を全部「お父さんすごいね」って聞いてました。
渋井 エリコさんが性虐待の話を初めて打ち明けたのはお医者さんに、でしたか?
小林 たしか高校生のときは主治医には言えなかったんですよね。成人してから精神科で主治医に性虐待の話をしましたが、驚いたり悲しんだりする医者はいませんでした。いつも通りの薬が処方されただけです。でも今はカウンセリングのおかげで症状もすごくよくなっているので、カウンセリングが世の中にもっと広まればいいなと思います。虐待とか家庭の中で起きている問題は、外部からの力が働かないと逃げられないと思うので、周りからしたら介入したくないと思うんですけど、こちら側からしたら積極的に介入してほしいです。家族がぶち壊れてもいいと思います。
渋井 カウンセラーはどうやって見つけたんですか?
小林 ちょっと話が長くなるのですが、私が措置入院をした時のことを話させてください。措置入院っていうのは、都道府県知事の命令と、精神保健指定医二人以上の診断が必要となる、精神科への強制的な入院手続きなんですね。あの頃は本当に、貧困と孤独でおかしくなっていて……高齢者施設の事務所みたいなところに無断で入っちゃったり、いろんな妄想もあって……。恥ずかしい話なんですけど、自分のことを「天皇」だと思ってたんですよ。
渋井 よく聞く妄想ですよね。
小林 その後、身体拘束されて、措置入院しました。そのとき診てくれた先生が初めて自分の話をちゃんと聞いてくれたんです。今まで性虐待のことを主治医に言っても何の反応もなかったのに、その先生は「それは大変だったでしょう。つらかったでしょう」と、私の気持ちに共感してくれました。そして「あなたは何も悪くない。あなたはPTSD だ」と言ってくれました。「いじめもたくさん受けました」と伝えると「それなら複雑性PTSDだ」と、そこで初めてPTSD と言われたんです。
それならEMDRという眼球を動かすトラウマの心理療法をやった方がいいとすすめられて、EMDR学会のホームページを教えてもらって、そこで探しました。
家庭に問題がある子が闇バイトに手を出す
小林 渋井さんは新宿歌舞伎町のトー横などを取材されていますが、私と似たような境遇の子はたくさんいますか?
渋井 2020年ぐらいからトー横を取材していますけど、人の入れ替わりが激しくて、 3 カ月後にはメンバーが違うんです。だからいまは僕の知っている人はほぼいないのですが、以前はエリコさんと似たような境遇の子もたくさんいました。
小林 闇バイトで強盗をやってしまう人とかもいるんですか?
渋井 そこまで凶悪な犯罪となると少ないかもしれないですけど、闇バイトをやってる人は実際いますね。
小林 最近のニュースを見ていると、若者が大きい犯罪をやることに対してのハードルがすごく低くなっていますよね
渋井 トー横は闇バイト人員を見つけてくる狩場みたいになっていて、末端の仕事をやる人間を探している人たちがいるんですよね。
小林 強盗とか強盗傷害ってすごく刑が重いじゃないですか? そんな重大な事件を普通の若者が起こしてしまうのが恐ろしいです。
渋井 闇バイトに手を出した人たちの話を聞くと、家庭に問題を抱えていたという人が多いんですよね。たとえば、親がアルコール依存症だったり、虐待を受けて育ったり……。
小林 そういうことに手を染める子たちってやっぱり家にいたくないんですよね。じゃあ自立できるのか?というと、住む場所も貸してもらえないですし。風俗や闇バイトやめなよって言っても、生活保護も受けられない。社会的な信用がゼロの状態で、家族とも一緒にいられない、だからといって児相もいやだし……。
渋井 最近はスマホOKだったり自由が効く児相もありますが、それでもハードルは高いです。
プロフィール

(しぶい てつや)
1969年、栃木県生まれ。フリーライター、ノンフィクション作家。東洋⼤学⼤学院⽂学研究科教育学専攻博⼠前期課程修了。教育学修⼠。日本自殺予防学会メディア表現支援委員会委員。若者の⽣きづらさなどをテーマに取材・執筆を行う。著書に『ルポ自殺』(河出新書)、『ルポ 座間9人殺害事件』(光文社新書)、『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)、『実録・闇サイト事件簿』(幻冬舎新書)など。

(こばやし えりこ)
1977年、茨城県生まれ。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在は通院を続けながら、東京大学経済学部・大学院経済学研究科にて特任専門職員として勤務。著書に『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス)、『私がフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)、『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』(幻冬舎)など。