書店は「言論のアリーナ」か?

『本づくりで世の中を転がす』刊行記念 福嶋聡×木瀬貴吉
福嶋聡×木瀬貴吉

近年、小規模で個性的な「ひとり出版社」が注目を集めています。ただし、2013年創立の出版社「ころから」にはフォロワー(追随する者)がいないと業界では評判です。本書は「ころから」の本の制作過程をはじめ、経営の仕方、本を取り巻く環境を伝えるのと同時に、ヘイト本が蔓延する書店とそうした社会の現状をいかに動かし、転がしていくかを考えた一冊です。
今回は丸善ジュンク堂書店の福嶋聡さんに聞き手を務めていただき、著者の「ころから」代表・木瀬貴吉さんとトークを繰り広げました。福嶋さんは持論である「書店は言論のアリーナ」論を本書で批判されながらも、帯推薦を寄せています。書店と出版社の現実と理想、そしてヘイトにどう立ち向かうか等について、さまざまな議論を交わしました。

※2026年1月11日、ジュンク堂書店大阪本店にて行われたイベントの一部を採録したものです。

福嶋聡さん(左)と木瀬貴吉さん(右)

読者を「信じる」ということ

福嶋 かつて、「未來社」の西谷能雄社長が「出版社の財産とは目録である」とおっしゃっていましたが、出版社にとってこれまで作ってこられた本というのは、まさにその会社の「顔」になるものだと思います。

 『本づくりで世の中を転がす』の第1章でも、ころからがこれまで刊行されてきた本について、その苦労や工夫が詳しく書かれていますね。

木瀬 そうですね。実は、私の兄が中華料理店の店長をしているのですが、何度「こんな仕事をしているんだよ」と説明しても分かってくれないので(笑)、その兄にも伝わるように「出版社とは何をしているのか」を書いてみたんです。

 発売後に兄に「買ってくれた?」と連絡したら「発売日に買うた」と言っていました。でも「読んでくれた?」と聞いたら「読んでへん。仏壇に供えてあるわ」と言っていたので、今ごろ両親が天国で読んでくれているのかもしれません。

福嶋 関東大震災のときの朝鮮人虐殺を取り上げて大きな話題を呼んだ『九月、東京の路上で』をはじめ、さまざまな本にまつわるエピソードが紹介されていますが、特に印象的だったのが、絵本『花ばぁば』のところです。

木瀬 これは、もともと「日・中・韓平和絵本」と題されたシリーズの1冊で、韓国人の絵本作家が、かつて日本軍「慰安婦」にされた韓国人女性の半生を描いています。当初は韓国で出版された後、日本では絵本業界の最大手から出版予定でした。それが、途中で「女性の証言に誤りがある」「日本軍兵士の服装が史実と違う」など、いろいろと出版社から注文が付けられて、最終的には出さない、出せないということになってしまった。それで、知人を介してころからにご紹介いただき、クラウドファンディングで資金を集めて出版にこぎ着けました。

福嶋 そうした、多くの人に支えられて出版された経緯を踏まえて、〈多くの出版社が読者の「支え」を今以上に感じることができれば、日本の出版文化はもっと豊かになると信じる〉と書かれていましたね。今の出版業界に強く訴えたい言葉だなと思いました。

木瀬 そうですね。「信じる」ってなかなか難しいことだと思います。特に、一対一の関係で相手を信頼するのと違って、顔の見えない人たちを信じるというのは難しいですよね。

 でも、「日・中・韓平和絵本」の呼びかけ人でもある絵本作家の田畑精一さんが、『花ばぁば』のような本をポンと本屋に置いてもなかなか手に取ってもらえない、ジャーナリズムや他の出版社の力も借りて、みんなでこの本を世の中に押し出すようでなければ、とおっしゃっていて。本当にそうなってほしいなと願っています。

 ちなみにこの『花ばぁば』、全国の小さな絵本専門書店がたくさん売ってくださった一方、福嶋さんの古巣であるジュンク堂書店池袋本店は、当時1冊も置いてくれなかったんですよね。どう思われますか。

福嶋 僕はその当時はもう難波店にいたので細かい事情は分からないし、コメントしづらいのですが……ジュンク堂では、どの本を置くかについては特に会社全体の大きな方針があるわけではなく、基本的に担当者裁量なんです。そして、あまり事を荒らげたくない、事件を起こしたくないというのがほとんどすべての社員の思いだと思いますので、そこで忖度みたいなことがあったのかなとは思いますね。

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プロフィール

福嶋聡×木瀬貴吉

福嶋聡(ふくしま・あきら)

書店員。1959年、兵庫県に生まれる。京都大学文学部哲学科を卒業後、1982年2月ジュンク堂書店に入社。仙台店店長、池袋本店副店長などを経て難波店に。2022年2月まで難波店店長をつとめる。著書に、『書店人のしごと』『書店人のこころ』(以上、三一書房)、『劇場としての書店』(新評論)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書)、『書店と民主主義』(以上、人文書院)、『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』(dZERO)、共著に『フェイクと憎悪』(大月書店)、『パンデミック下の書店と教室』(新泉社)などがある。

木瀬貴吉 (きせ・たかよし)

出版社「ころから」代表。1967年滋賀県生まれ、早稲田大学第二文学部中退。1991年からNGOピースボートに勤め2004年に退職。地域紙記者を経て、2008年に出版業界へ。2013年に二人の仲間とともに「ころから」を設立。加藤直樹『九月、東京の路上で』、永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる』、ソン・アラム『大邸の夜、ソウルの夜』など、これまでに約80冊の本を刊行。

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