文化遺産「子連れ鑑賞」顛末記 第二回

ノルウェーの木造教会で触れる文化遺産の〝生命線〟

mina

ヨーロッパ350カ所の文化遺産を2人の幼い子連れでめぐった記者の顛末記。前回はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)地方の野外博物館で見つけた「遊び」から次世代へのメッセージを読み解いたが、では「遊び」のない文化遺産は子どもにとって魅力がないのか? 親しみやすい野外博物館から一転、今回はノルウェーの山間部にある伝統的な木造教会を訪れ、人を惹きつける文化遺産の魅力の源泉を考える。

地味でお堅い? 山の上の小さな教会

深い緑におおわれた夏のノルウェー。首都オスロから車で2時間ほどの山あいにあるレインリーと呼ばれる地域で、小高い山の上にぽつんと建っている教会を見上げたとき、「地味だな」と思った。ヨーロッパの一般的な教会にありがちな、切妻屋根に十字架の載った外観。直前に訪れていたボルグンドの木造教会の禍々しいほどの威容とは、かけ離れていた。

中腹から見えるレインリーの木造教会。

ヴァイキングの高度な造船技術を応用したとされるノルウェーの伝統的な木造教会は、支柱を意味するスターヴ教会とも呼ばれ、12世紀〜14世紀前半を中心に1000以上造られた。それ以前に建てられた教会は柱を地面に突き刺す掘立柱式だったため、長持ちしなかったそうだ。礎石の上に柱を立てる技法が確立されたことで恒久的な建築が可能になったものの、14世紀後半の疫病の蔓延を機に激減。世界遺産に登録されているウルネスや、『アナと雪の女王』の氷の城のモデルとして知られるボルグンド、そしてここレインリーなどの28棟のみが現存する。

レインリーの山上の教会が日常的な役割を終えたのは、少し下りたところに1960年代に暖房つきの新しい教会が建てられてから。現在は短い夏の観光シーズンと、結婚式や葬儀など特別な行事のときだけ開かれている。

山上という特異な立地をのぞくと、レインリーの教会がほかの木造教会に比べてやや凡庸に見えるのは、「タール」が剥げてしまっているせいもある。松脂と木炭を原料とする黒い油のようなタールには木材の腐食を抑える効果があるといい、ブタの毛でこってり塗られたタールの黒さと、竜の頭かカギ爪のような形状の屋根飾りとが相まって、ボルグンドの教会などはまるで黒い竜そのもののように見える。仄暗い内部も濃厚な木と雨の匂いを包み込み、教会全体が幻想的な雰囲気を醸し出す。

ボルグンドの木造教会。1180年頃の創建当時の姿をほぼそのまま残しているとされる。

タールが流れ落ち、明るい茶色の木材の素地をさらけ出したレインリーの教会は、神秘的なビジュアルを期待して訪れると「思っていたのとちがう」となるかもしれない。しかも、見学には専門のガイドの同伴が必須であり、身廊の内部は撮影禁止となれば、よほどの「お宝」が眠っているのかと勘ぐりそうだが、そういうわけでもないらしい。現役の教会であれば撮影禁止もわかるけれど、ちょっと「お堅い」のではないか…? 子どもは耐えられるだろうかと少し身構えながら、娘たちの手を引いて頑丈そうな格子の扉の奥へと進む。

補われた中世の洗礼盤

暖房のない教会でまだミサが行われていた頃、厳しい冬を越えて春がめぐってきたとき、身廊には「ヒュー」と不思議な音がこだましたという。

正体はなんてことない、急こう配の屋根から滑り落ちる雪。唐突な擬音で娘たちの興味を惹きつけたガイドのマリアンヌさんはにんまり笑い、昔話でもするように、わかりやすい英語で解説を続ける。私はそれを簡単に訳して娘に伝えながら、マリアンヌさんはこの教会が現役で使われていた頃を知る最後の世代なのかもしれない、と推測する。

彼女は教会を「シップ(船)」と呼ぶ。たしかにキリスト教では、船は「教会」を表すモチーフとして知られているけれど、レインリーの人びとが木造教会をそう呼ぶ理由は、それだけではないようだった。実際、身廊への出入口の扉についた巨大な鍵穴と2つのドアノックを囲む錬鉄製の飾りは、ヴァイキング船の船首を飾ったという竜の頭や、イカリ、海神の持つ三叉のホコを思わせる。山上の風雪から身廊を守るために張りめぐらされた回廊の丸い壁も、ヴァイキング船の湾曲した船底と似ていなくもない。内陸のレインリーに住む人びとは、空に浮かぶような教会をそう呼ぶことで、勇猛なヴァイキングと自分たちを結びつけてきたのではないか。この出入口と回廊は、幾度となく改築や改修を重ねられてきた教会のなかでも、創建当時のまま残っている数少ない部分とみられている。

レインリーの木造教会の扉飾り。ヴァイキング時代をほうふつとさせるデザイン。

ガイドブックには1300年代初頭の創建とあるけれど、一部は同じ場所にあった先代の教会のもので、12世紀の木材と判明している。さらにその前にも、何らかの建物が建っていたことがわかっており、キリスト教が定着する以前の土着信仰との関連が指摘されている。今は新しく見える板張りの床の下には、何層もの歴史が積み重なっているのだ。

「船内」も何度も改装されていて、かつて社会的立場によって信者を区切ったロード・スクリーンと呼ばれる仕切りは18世紀に取り払われた。いまは簡素な一人がけの椅子がきちんと並べられたなかを、朱色の毛せんがまっすぐ祭壇まで伸びている。爽やかなブルーを背景に昇天するキリストを描いた祭壇画のパネルは、中世に聖具を入れていた棚の扉を組み直したもの。祭壇の横にどっしりと置かれた巨大なワイングラスのような石の器は洗礼盤で、やはり12世紀のものとみられる。石鹸石と呼ばれるなめらかな石材には、縄か鎖のような優美な網目模様が刻まれている。

「私もこの洗礼盤で洗礼を受けたの」というマリアンヌさんの言葉に、はっとする。よく見ると洗礼盤は、くびれより下の部分はオリジナルではなく、別の石材によって支えられている。オリジナルのグレーよりも微妙に色の薄い石材が使われていて、違和感なく同化させつつ、修復の履歴がわかるようになっている。

中世の洗礼盤が連綿と受け継がれ、失われた下半分は後世に補われて、その聖水で洗礼を授かった赤ん坊は成長し、いま、私たちの前に立っている。この小さなサプライズは、勝手に抱いていた「凡庸」「お堅い」といった先入観を、静かに覆してくれた。静止画のように思っていた教会に血が通い、脈打つのが感じられる。

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 第一回

プロフィール

mina

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。

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