本書の著者は日本の近現代史を専門とする歴史学者であり、戦前・戦中・戦後を貫く治安体制研究の第一人者である。関連の著作も多いが、1999年刊行の『戦後治安体制の確立』(岩波書店)は白眉の一冊だった。
戦後日本の治安組織は、警察の一部門としての警備・公安警察のほか、破壊活動防止法の制定にともなって設立された公安調査庁などが存在する。ただ、秘密のヴェールに隠され、実態はなかなか見えない。そうした中、著者は多数の資料をもとにそれを体系的に解き明かし、戦前・戦中の治安機関との関連性も浮かびあがらせた。
この1999年は、オウム真理教事件や阪神・淡路大震災の発生などを受け、戦後日本の背骨を曲げる法が多くできた年でもあった。いわゆる周辺事態法、国旗・国家法、盗聴法、団体規制法。いずれも国家の治安機能を強化するものばかりだが、その治安を司る組織の実態を著者の労作から私は大いに学んだ。
あれから約20年。この国の治安体制は現政権の下、さらにとてつもなく強化された。安保関連法、特定秘密保護法、共謀罪、そして盗聴法の大幅拡大。そんな時期、著者の研究の集大成である本書は、刊行されるべくして刊行されたといえる。その中で著者は〈安倍政権の下で進行する諸施策は全体として新たな戦時体制作りに収斂(しゅうれん)する〉と警告しつつ、戦前・戦中の事態が〈そのまま再現するという可能性は少ない〉とも記す。
では、どのような形で〈新たな戦時体制〉は進行するか。本書からあらためて読みとるべきは、治安機能が肥大化した国家や社会の薄暗さである。それは洋の東西や政治体制の左右を問わぬ歴史的教訓でもあるのだが、個人的に私がもっとも薄気味悪く感じているのは、現政権に集う面々がその本質的な恐ろしさにまったく無自覚なように見える点だった。そういう意味でいえば、現政権とその支持層にこそ本書は真っ先に読まれるべきかもしれない。
あおき・おさむ ●ジャーナリスト
★「青春と読書」8月号 「本を読む」より転載