これまで日本各地で「都市の森」が失われている現状について見てきた。その背景として、住民意見を聞かず行政が無理を通して木を伐っていることや、緑地が企業などの金儲けの場所となり、樹木は利潤を生まない“無価値なもの”として排除されている現状があった。今回から世界の都市について見ていきたい。まずはアメリカ最大の都市ニューヨーク。この都市はじつに“資本主義的な方法”で「都市の森」を増やしていた。
マンハッタンで街路樹の手入れの市民ボランティア
2026年7月、私はマンハッタンでニューヨーク市の公園局が行う街路樹の手入れボランティアに参加した。晴天で朝から気温はぐんぐん上がっていた。目の前の通りには黄色いタクシー「イエローキャブ」が行き交っている。木の根元から視線を上げると、通りの先には摩天楼のビル群が見える。
街路樹の手入れといっても、とくに難しいことをやるわけではない。木の下に雑草が生い茂っていれば地面にしゃがんで抜き、ゴミが散らばっていれば拾っていく。木の下の土「ツリー・ベッド」が綺麗になった後は土を耕して水をやる。それぐらいのことだ。
しかし、実際やってみるとかなりの重労働だということがわかった。雑草は深く根をはっているものが多く、手で引っ張ってもなかなか抜けない。支給されたカルティベーター(小型の熊手のようなもの)で土をほぐし、全身に力を込めて引っ張り上げて、ようやく抜けるという草も少なくない。
また、放置されたゴミの片づけも一苦労だ。マンハッタンの街角では、食べ物や飲み物のパッケージが、盛大に散らばっているところもある。私は日本でも神宮外苑の木々の下のゴミ拾いを行っているが、比べ物にならないくらいの量だ。様々なゴミの中でもタバコの吸い殻は、含まれる化学物質が樹木に害を及ぼす恐れがあるため、必ず拾わなければならないという。

そして、犬の糞も木にとって悪影響を及ぼす可能性があるものだと、ニューヨーク市のスタッフから教わった。土壌の栄養バランスが変わってしまうので、これも見つけたら急いで取り除かなければならない。犬が用を足すのをふせぐために、街路樹の周りに柵を設けているところも多い。
わずか数本の街路樹を手入れするだけでクタクタになる。Tシャツは汗まみれになり、軍手は泥だらけになっている。でも、ツリー・ベッドが綺麗になった木を見ると、やっぱり嬉しい。心なしか手入れする前より、木も元気になっているような気がする。
通りにはまだ植えられたばかりであろう細い小さな木も多い。木は植樹してからの数年が最も枯れてしまうリスクが高いという。この時期に丁寧にケアしてやることが大事なのだ。とくにマンハッタンは車の排気ガスの量も多く、コンクリートやアスファルトの路面は夏には高温となり木を痛めつける、過酷な環境だ。私は心の中で健やかに生長することを願い、次の木の手入れへ移る──。
ニューヨーク市ではこのように一般市民のボランティアが街路樹の手入れを行う機会がたくさんある。毎週のように市民参加の「ツリー・ケア」のイベントが行われている。木の手入れを行うための地域団体も数多くある。ニューヨーク市は街路樹や公園樹の手入れに市民が参加することを奨励し、様々な活動の場や教育プログラムを用意している。
私はニューヨーク市公園局の自然や公園を管理するボランティアの中でも、他のボランティアをリードする役割の「スーパー・スチュワード」にもなった。なぜニューヨーク市の街路樹ボランティア活動に関心を持つようになったのか、その理由をこれから語っていきたい。
坂本龍一氏が称えた「ニューヨーク100万本の植樹」キャンペーン
私がニューヨーク市の街路樹についての取り組みに興味を持ったきっかけは、明治神宮外苑再開発の問題にあった。この連載の第2回記事で紹介したように、音楽家の坂本龍一氏が2023年2月に文部科学大臣や小池百合子東京都知事などへ、再開発の見直しを求める手紙を送るという出来事があった。
その手紙の中に、坂本氏が暮らしたニューヨークでの、樹木についての印象的なエピソードが書かれていた。坂本氏の手紙の中から、その部分を抜粋する。
「私が住むニューヨークでは、2007年、当時の(マイケル・)ブルームバーグ市長が市内に100 万本の木を植えるというプロジェクトをスタートさせました。環境面や心の健康への配慮、社会正義、そして何より未来のためであるとの目標をかかげてのこと、慧眼です。NY 市に追随するように、ボストンや LA などのアメリカの大都市や中規模都市でも植林キャンペーンが進んでいます」(2023年2月24日坂本龍一氏の手紙より。※全文は連載第2回に掲載)
私は坂本氏の手紙ではじめてニューヨーク市の「100万本の植樹キャンペーン(ミリオン・ツリーズNYC)」のことを知った。このキャンペーンでニューヨーク市は、2007年から2017年までの10年間で100万本の木を市内に新たに植えることを計画し、予定よりも早い2015年に100万本の植樹を実現した。

東京都内の街路樹は100万546本なので、ニューヨーク市はそれにあたる膨大な数の植樹を行ったことになる。日本では公園や道路の木が無残に伐られ、どんどん少なくなっているのに対して、アメリカではそれとは真逆のことが起きているのだと目を開かされた。
現地の様子を見るために、私は2024年にニューヨークを訪れた。以前訪れたのは、バラク・オバマ氏が黒人として初めて大統領に就任した2009年だったので、15年ぶりのニューヨークだった。
市内を歩くと、公園や道路など至るところに、まだそこまで大きくない木があった。「100万本の植樹キャンペーン」でとくに多く木が植えられていたのが、ニューヨーク市の中でも極端に緑が少なかったエリアだった。例えばマンハッタン北東部にあるイースト・ハーレム地区では優先的に植樹が行われ、この地区だけで1万本以上の木が植えられた。

「100万本の植樹キャンペーン」で木が植えられた場所の地図を見てみると、ニューヨーク市全域にわたって植えられていることが見て取れた。クイーンズでは28万5000本、ブロンクスは27万7000本、ブルックリンは18万3000本、スタテンアイランドは17万3000本、マンハッタンでは8万本が植樹された。
しかも、新しく植えられた木はきちんと手入れされ、美しく伸び伸びと葉を茂らせていた。日本のように枝葉を切り詰める強剪定された木は一本もなかった。「100万本の植樹キャンペーン」とその後の緑化政策によって、ニューヨークは緑あふれる都市へと変貌していた。
ニューヨーク市の「100万本の植樹キャンペーン」とはどんなものだったのか、詳しく見ていこう。
2007年4月にブルームバーグ市長は2030年に向けたニューヨーク市の長期環境持続可能戦略「PlaNYC-A Greener, Greater New York」を発表した。その戦略の大きな柱のひとつが100万本の木を植える「ミリオン・ツリーズNYC」だった。その年の10月にミリオン・ツリーズの最初の1本となったアメリカアサガラの木が、ブルームバーグ市長と、共同で事業を行う非営利団体のニューヨーク・レストレーション・プロジェクト代表で歌手・女優のベット・ミドラー氏によってブロンクスで植えられた。

「過去10年間で、ニューヨーク市公園局は11万8000本の木を植えました。それだけでも素晴らしいことですが、次の10年間でその10倍の数を植える計画です」とブルームバーグ市長は1本目の植樹式でスピーチした。「これらの新しい木々は、公園だけに植えられるわけではありません。歩道や、公営住宅前の道路、学校の校庭、そして私たちの家の裏庭にも植えられます。その恩恵は広範囲に及ぶと私たちは考えています」
セサミストリートの人気キャラクターも姿をあらわし、華々しくスタートした100万本の植樹キャンペーンだが、その行く先は決して楽観視されていなかった。そもそもブルームバーグ市長の2期目の任期はあと2年しかなかった。その後の市長が誰になるかもわからず、次の市長が100万本の植樹キャンペーンを引き継いでくれるかもわからなかった。ブルームバーグ氏は、自分が市長を務める2009年末の任期までに少なくとも25万本の植樹を希望すると述べたものの、100万本という目標達成を保証することはできないと認めた(2007年10月10日、ニューヨーク・タイムズ)。
なぜ10年で100万本もの木を植えるという極めて困難なプロジェクトにブルームバーグ氏は取り組んだのだろうか? ブルームバーグ市長の下でミリオン・ツリーズNYCの陣頭指揮を執った、元ニューヨーク市長期計画室長代理でサステナビリティ推進担当局副局長のアダム・フリード氏(現ブルームバーグ・アソシエイツ プリンシパル)に話を聞いた。
「ブルームバーグ氏が2007年に発表した『PlaNYC』の中でニューヨーク市の樹冠被覆率を30%に引き上げるという目標が掲げられました。これは繁栄し持続可能な都市を実現するためのベストプラクティスと考えられていたのです。私たちは樹木台帳を作成し、樹冠の現状を把握した上で、『30%に達するには、一体何本の木を植える必要があるのか?』という逆算を行いました。その結果、およそ100万本弱という数字になり、『ミリオン・ツリーズ』というアイデアが生まれたのです。これは、マーケティングやブランディングの観点から、より印象的で訴求力のある表現だったからです。『100万本の木を植える』と言う方が、『樹冠被覆率を30%にするために……X%増加させる』と言うよりも、人々にはずっと理解しやすいのです。樹冠被覆率とは何か、あるいは何パーセントの増加なのか、人々は知らないからです」
樹冠被覆率30%まで高まると、熱暑による死者数が4割減るという研究もあり、世界の多くの都市が樹冠被覆率30%以上を政策目標に掲げている。ニューヨーク市も2040年までに樹冠被覆率30%を達成するという目標を、現在のゾーラン・マムダニ市長が改めて掲げた。この数値を達成するために必要な樹木の数が100万本程度だったというわけだ。
日本では近年になってようやくマス・メディアが樹冠被覆率という数字を取り上げるようになったばかりで、政策目標に掲げている自治体はひとつもない。2007年の段階で政策目標にこの数字を取り入れていたニューヨーク市の先見性には驚嘆するしかない。
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
大澤暁





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