『「働き方改革」の嘘 誰が得をして、誰が苦しむのか』 久原穏著

知ってほしい事実と論点に満ちた本 橘木俊詔

 世界の先進諸国の中では、ヨーロッパ諸国の労働時間は短く、アメリカと日本が長時間労働の国として悪名高い。表向きはこの長時間労働を避けたいとの名目の下、政財界が一体となって「働き方改革」を推進し、7月に国会で関連法案が通った。

 だが、久原穏『「働き方改革」の嘘』は、法案の中身を吟味すれば、短時間労働を促すのではなく、むしろ長時間労働をもたらす可能性が高い上に、労働者の利益にならない面が強い――と主張する。さらに、経営者による労働費用の削減目的の方針が強く出た法案で、政府と官僚もそれを支持する態度を明確にして、法案作成に走ったと告発する。裁量労働制をめぐって虚偽データを出した官僚の態度でそれがわかるし、そもそも、安倍内閣は常に財界寄りのスタンスである。

 また、本来ならば強力に反対すべき労働組合が、政財界にうまく丸め込まれてしまった実情も書かれている。労働者側が一枚岩でないところに一つの原因があるのだ。日本は正規労働者と非正規労働者の並存という格差社会の中にある。正規労働者だけで構成される労働組合は、非正規労働者の声を代弁する態度を一応はとるが、最後は自分たちの利益を優先するか、経営者への配慮を示す場合が多いのである。

 今回の法案の目玉は、高度プロフェッショナル制の対象者に「超過勤務手当を出さない」とする方針を導入した点にある。だが、こういう人は自分の業績を上げるため今以上に働くかもしれず、長時間労働を促す可能性を秘めている。いまのところ、高度プロフェッショナル制の対象者は年収1075万円以上の非常に限定された人々であるが、久原が書くように、一度法案が通ると対象者を拡大していく前例があるので、監視が必要である。

 付言すれば、筆者(橘木)は、むしろ日本の超過勤務における残業割増賃金が低すぎることが気になるし、それについて大きな声で主張されないのが不思議である。低所得者にとって残業手当は重要な所得の源泉になっており、多くの西欧諸国の残業割増賃金率は50%前後であるのに対して、日本は25%と明らかに低い。この数値を上げることが、格差社会の是正につながると思っている。

 法案は通ったが、運用をめぐって本格的な議論が必要になるのはこれからだ。『「働き方改革」の嘘』は、労働者のみならず、経営者、官僚、学者にも知ってほしい事実と論点に満ちた本である。

 

たちばなき・としあき●京都女子大客員教授、京大名誉教授(労働経済学)

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