カミオカンデ(ニュートリノの観測装置)の建設が始まった当初から私の実験グループに加わり、重要な働きをしてくれたのが、鈴木厚人君でした。一九八七年に世界で初めて超新星ニュートリノを検出し、二〇〇二年にノーベル物理学賞を与えられた実験です。
鈴木君は当時から、小さなことでも決して疎かにせず、心を込めて間違いのないように仕事を進める研究者でした。たとえば光電子増倍管の開発を、メーカーの浜松テレビ(現・浜松ホトニクス)と一緒に進めてくれたのが彼です。それまで直径5インチだった光電子増倍管を直径20インチにして感度を上げることが、カミオカンデ実験には必要でした。難しい仕事でしたが、私は鈴木君を信頼していたので、彼に任せておけば大丈夫だろうと大船に乗った気持ちでした。
また、太陽ニュートリノ検出のためにカミオカンデを改造する際、実験装置のバックグラウンド(雑音)を減らす上でも、大いに知恵を絞ってくれました。彼の活躍もあって、カミオカンデに使用する超純水は世界一きれいなものになり、実験の精度が高まったのです。
本書は、そんな鈴木君らしい一冊だと感じました。カミオカンデ実験以来、日本はニュートリノ研究の分野で多くの業績を上げています。鈴木君自身、カミオカンデの跡地を利用したカムランド実験で、世界が注目する大きな成果を上げました。しかし一般の人々は、その意義をあまり理解していません。大部分の人は、ニュートリノと自分に何の関係があるのかよくわからないでしょう。
それを鈴木君は、持ち前の真面目さと丁寧な仕事ぶりによって、実にわかりやすく解説してくれました。これを読めば、ニュートリノが宇宙の謎と深く関わる素粒子であり、私たちの存在と切っても切れない関係にあることが誰でもわかるに違いありません。本書を通じて、ニュートリノ研究の意義や実験物理学の面白さが広く伝わることを期待します。
こしば・まさとし●物理学者
青春と読書「本を読む」
2013年「青春と読書」10月号より