■「死亡率が3倍に!」といっても…
医療に関する情報には、統計で得たデータや数値を用いて仮説や結果を導く内容が多くなっています。ただ、それらの「読み取りかた」は読者に委ねられます。詳しく説明がなされている場合でも、その情報を適切に読み取るには、知識の蓄積や情報のとらえかたなどの医療リテラシー、情報リテラシー(第1回参照)がネックとなるでしょう。
医療に関する記事で、例えば、「この薬を10年間飲み続けていると死亡率が3倍に!」という記述があった場合、なにやら危険な薬では、と思いませんか。
そこでデータを調べてみると、「0.001%から0.003%に上がる。つまり10万人中の1人が3人に増加したという結果だった」とします。この場合、死亡率が3倍に増えたことに間違いはありませんが、実数で考えるなら、増えたのは10万人中2人であり、99,998人は該当しないのです。
この数値を多いとみるか、少ないとみるか、その価値判断は読者次第になります。
そして実際に服薬するか、また継続するかを選択するにあたっては、自分にとってのメリットとデメリットを見つめるでしょう。しかし、見出しの表現次第では、メリットやデメリットを過大にとらえてしまうことがあると思われます。
そこで、「その数値の根拠は何なのか」が情報の質を見極めるにあたって重要になります。
■「うつ病の再発率は60%といわれるが、その根拠は?」
わたしの専門領域は精神科で、精神疾患に関する研究を数多く行っています。ここでは、うつ病と再発率に関する数値とそのとらえかたを挙げて紹介します。
ネットで「うつ病」「再発率」と検索すると、さまざまな医療情報サイトで60%という数値がヒットします。その数値はいったいどのようにして計算されているのでしょうか。
この数値を見た患者さんやその家族ら身近な人は、「せっかく治療して改善しても、またすぐに再発してしまうのか…。目の前が真っ暗になる」と話されるケースは多く、実際に質問を受けることもあります。
この例のように具体的な数値で示されると、その数値がひとり歩きをし、それがすべてであるかのように、ネガティブに感じることもあるでしょう。
数値を解釈する上で注意すべき点は3つあります。ひとつずつ考えましょう。
■(1)「率」と「割合」は違う
「率」と「割合」という言葉について、日常でその違いを意識することはほとんどないでしょう。英語では、率はrate、割合はproportionですが、英語でも混同して使われています。
しかし、この両者の意味は異なるため、医療情報の研究報告などでは明確に区別する必要があります。
まず、割合とは「ある時点で、全体の中のどれくらいを占めているか」を表します。一方、率とは「一定期間内にどれくらい発生するか」を表すものです。
この違いを混乱させている代表例が、野球の「打率」です。打率とは単純に、ある時点での全打席中のうち、ヒットを打った数なので、本来は、「打割合」と表現するべきです。
もし正確に「打率」を表そうとするなら、ある打者が“1試合で何本ヒットを打つか”、あるいは“10試合で何本ヒットを打つか”など、単位試合数を設定しないといけません。しかし周知のように、打率にそんな指標はありません。
また、医療情報の中ではよく、「有病率」という言葉を耳にすると思います。これはある集団内でどれくらいの割合の人がその病気か、を表しており、これも正確には「有病割合」と表現するべきなのです。医学の講義では最近、正確な表現を用いようと、有病率ではなく有病割合と言うようになっています。
一方、「発生率」「再発率」「罹患(りかん)率」「離婚率」など、正確に「率」で表現しないといけない指標の場合、必ずどの時間単位で観察しているかを示す必要があります。
例えば、ある集団の中で毎日1人ずつ発生する病気があったとします。この場合、1日単位でみるなら1人発生、1週間単位では7人発生、1ヶ月単位なら30人発生…というふうに、単位時間を長くすると当然発生する人数は増えていきます。
しかし、当然ながら、これらはどれも同じことを意味しています。その点を察することが情報の真意を読み取るポイントのひとつと言えます。
そこで、うつ病の再発率は60%だと聞いた際、まず確認しないといけないのは、「追跡期間は?」という情報です。うつ病が改善した後に、1日で60%が再発するのか? それとも1週間で60%が再発するのか? あるいは1年で? それとも5年で? 追跡期間がどのくらいかによって、再発のリスクの重大性は変わってきます。
そこで我々研究チームが、うつ病の再発率が60%という情報について、過去の研究論文を調べたところ、それは症状改善後5年を追跡した時点での数値であることがわかりました(Hardeveld, Spijker et al. 2010)。
すなわち、うつ病が改善した後に、すぐに60%の方が再発するわけでは決してなく、5年間追跡すると60%になるという結果だったのです。
そしてこの研究を詳しくみていくと、1年目に限ると再発率は21%〜37%と報告されています。
また、症状が改善してからの約半年間、抗うつ薬を継続することによって、再発率は約40%から20%に半減することがわかりました。(Kato M,Hori H,Tajika,A et al.Discontinuation of antidepressants after remission with antidepressant medication in major depressive disorder: a systematic review and meta-analysis(大うつ病性障害における抗うつ薬による寛解後の抗うつ薬の中止:系統的レビューとメタ分析)Molecular psychiatry 26(1) 118-133 2021年1月
こうしたことから、うつ病の再発率について決して悲観的になる必要はありません。うつ病が改善して間もない時期は再発に十分注意する必要がありますが、観察期間が長くなるにつれて、再発のリスクは徐々に低下していくと考えられます。
■(2)再発の基準は?
再発の割合について調べる場合、いったん症状が改善した人の経過を追っていき、どこかで再発の医学的基準を満たした人を「再発」とします。
その基準には、うつ病の評価尺度の得点が一定の値を越えたときや、DSM(アメリカ精神医学界発行『精神障害の診断と統計マニュアル』。世界的な基準となっている。Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のうつ病の診断基準を満たしたときなど、医学研究における一般的といえるものがあります。
この基準をゆるくすると、再発者の割合は増加し、基準を重症のレベルにまで高くするとその割合は減少します。
先述のうつ病の再発率に関する論文では、その一般的な基準が使われているので、この点は問題はありません。医学論文として発表されているものではこの点をクリアしている場合が多いのですが、どういった基準を用いているかは重要なので、我々は普段からチェックしています。
もしネットのニュースなどで個人の体験から「再発が増えています」とか、「悪化する人が増えています」などの表現を目にしたら、その「再発」や「悪化」の基準、あるいは定義は何なのかに注目し、可能であれば確認しましょう。
■(3)「信頼区間」は?
仮に再発者が60%だとします。
- 10人追跡して6人再発したから60%である
- 1,000人追跡して600人再発したから60%である
この2通りの計算式があった場合、結果の信頼性が高いのはどちらでしょうか。当然、②の追跡者数が多い方が信頼性は高くなります。
追跡者数が10人と少規模の場合、たまたま再発者がかたまって発生した、あるいは、たまたま再発者が含まれなかったというように、偶然の影響を受けやすくなります。
もし、うつ病の患者さん全員を追跡することができれば、真の再発者数を知ることができます。しかし現実にはそれは不可能なので、研究では一部の人を選んで追跡調査を行います。
このとき、実際に追跡調査をする集団のことを「標本集団」といい、その背後にあるうつ病患者さん全体の集団のことを「母集団」といいます。
母集団の結果については知り得ないため、標本集団から母集団の状態を推定するわけです。その信頼性の指標として、「信頼区間」というものが統計学的に計算できます。
少し専門的になりますが、「95%信頼区間」がよく用いられます。
これは、「100回同じことをくり返した場合、そのうち95回はどのくらいの範囲に入ってくるか」を推定したものです。
例えば①の10人規模の研究を100回くり返した場合、計算によると、95%信頼区間は31%〜83%とかなり広くなります。このことは、10人中の再発者が3.1人から8.3人までとばらばらの値となることを意味し、60%(すなわち6人)とはかなり違う値になる可能性があります。
では、②の1,000人規模の研究を100回くり返した場合はどうでしょうか。計算してみると、95%信頼区間は57%〜63%と狭くなります。1000人中の再発者が570人から630人までの範囲に入り、60%に近くなりました。
小規模の研究から導かれる結果は偶然のばらつきが多く、信頼区間の幅が広くなります。一方、信頼区間の幅が狭いということは、それだけ真実の値に近いことを意味します。
■センセーショナルな表現は疑ってみる
以上、データを見たときの注意点を挙げました。テレビや雑誌、ネットニュースなどでは、病気の発症や再発、あるいは治療の効果などの率や割合を示すにあたり、センセーショナルに、恐怖や希望をあおる表現が散見されます。そのような情報が気になるとき、3つの観点で冷静に考えてみましょう。まとめると次のようになります。
- その数値は「率」なのか、「割合」なのか。もし「率」なら、その時間単位はどのように設定されているのか。
- そのできごとの「基準」や「定義」が示されているか。独自の基準を使って過大に、センセーショナルな表現になっていないか。
- 何人の規模の研究から結果を述べているのか。小規模のデータから発表していないか。
数値の読み取りかたに難しいと感じる部分があったとしても、情報に接しているときに「大げさな表現だなあ」と直感した場合は、「数値の裏に人為的な表現の操作がなされていないか」を疑ってみる必要があるのです。
構成:阪河朝美/ユンブル
医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。
プロフィール
たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。