メディアで流布する医療、健康、家庭医学に関する記事や広告などに触れたとき、「本当なの?」と思ったことがある人は多いと思います。知りたい情報であるほど、その内容は本当に健康に良いことなのかを追求したくなるでしょう。
いま、医療の分野に関わらず、あらゆる情報について、本当かどうかを問う観点、真偽を見分ける方法、真の情報との出合いかたについて、小学校から授業で取り入れられ、高校や大学では実践法も履修する時代になりました。
私は京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野の准教授として、さまざまな医療情報の「エビデンス」(科学的根拠)を世界中の文献から収集し、内容をチェックして評価する研究を専門としています。
その手法である「システマティックレビュー(系統的レビュー。レビューとは、批評、再検討、評価などの意)」や、そうして集めてきた膨大なデータを統合して解析する「メタアナリシス(メタ解析)」は、エビデンスレベルの中でも信頼性がもっとも高い「レベル1」とされています。
これらの聞きなれないだろう用語については後の回でわかりやすく説明しながら、本連載では、この立場から医療情報の見極めかたについて述べていきます。
■高校の授業で必修の「リテラシー」
「医療リテラシー」「メディアリテラシー」「金融リテラシー」などという言葉を聞いたことがあるでしょう。「リテラシー」とは英語の「literacy」が語源で、直訳では「読み書きの能力」とされています。これをもとに、ネット社会で情報が多岐で複雑になるにつれて、「特定の分野における知識や理解の能力、またそれらを分析し、活用する力」といった意味で使われています。
「リテラシー」という言葉や意味は、2022年から高校の必修科目となった『情報Ⅰ』で取り上げられており、同科目を理解するうえでのポイントだといわれます。高校生たちが、「Aちゃんの情報リテラシー、やばい」とか、「ネットリテラシーとかがまじでテストに出るんだってー」と話していると編集者から聞いたこともあります。リテラシーは、現代のネット情報社会に求められる概念なのでしょう。
そのリテラシーという言葉の直前に、特定の分野を示す用語、例えば、医療、文化、情報、IT、メディア、教育などをくっつけて、複合語で表現するようになってきました。医療の分野では、医療リテラシー、健康リテラシー、ヘルスリテラシーといった表現がありますが、どれも同じ意味合いです。この連載では医療リテラシーで統一します。
「医療リテラシー」とは、「自分にとって適切な医療・健康情報を探し、得た情報を適切に理解して活用する力」といえます。これから、「自分や家族ら身近な人の健康に活用するために、メディアで大量に発信される医療や健康情報の真偽を見極めよう。それには医療リテラシーを高めて具体的方法を得よう」ということを伝えていきます。
■日本の新聞は日本人の研究ばかりを掲載する
医療に関する情報のうち、とくに最新の研究報告を入手する方法として、新聞を活用している人は多いと思われます。また、情報収集の意識をしなくても、新聞を読んでいたら偶然に医療・健康情報に接することもあるでしょう。
総務省の令和3年(2021年)版「メディアに対する信頼」の調査報告では、「『信頼できる』については、新聞(61.2%)、テレビ(53.8%)、ラジオ(50.9%)の順に多く、マスメディアに対する信頼性が高い。」となっています。
メディアの中でも、とくに五大紙(朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・日経新聞・産経新聞)の場合、掲載される医療情報は、証拠を集めたり、裏付けを取ったりと情報の真偽を確認したうえでの掲載だろうと思うでしょう。
しかしその前に、「新聞に掲載される情報の選択がどうなっているのか。偏りはないか」を知る必要があります。今回はその点について考えましょう。
世界各国の新聞事情に関する研究として、フランスのボルドー大学の研究者と私の共著の『Do newspapers preferentially cover biomedical studies involving national scientists?(新聞は、自国の科学者が関与する生物医学研究を優先的に報道するか?)』(※1)という医学論文があります。2019年に医学雑誌『Public Understanding of Science』に発表しています。私は日本の新聞の現状を調べました。
この論文は、「ある国の新聞が医学の研究結果を記事として掲載する際、自国の研究者の記事ばかりを載せていないか」ということを、8カ国(オーストラリア、カナダ、フランス、アイルランド、日本、ニュージーランド、英国、米国)の123本の英語の医学論文について調べたものです。
興味深いことに、日本の場合、「日本の研究者が参加する論文7本のうち6本が日本の新聞の記事になっているが、日本の研究者が参加していない116本のうち、日本の新聞の記事になったのは6本」ということがわかりました。
すなわち、「日本人が参加する論文は、参加していない論文より16.6倍記事になりやすい」ということです。ここで、他の国の数字に注目しましょう。
「オーストラリア1.81倍・カナダ1.54倍・フランス2.92倍・アイルランド2.36倍、ニュージーランド5.95倍・イギリス1.48倍・アメリカ1.65倍」と報告されています。この結果から、どの国も自国の研究者の研究を記事にしやすい傾向はあるものの、日本は圧倒的にその傾向が強いと言えるのです。
「日本の新聞に日本人研究者の報告が掲載されるのは当然のこと」「ここは日本なのだから、それがどうした?」と思われるかもしれません。
しかし実のところ、調査した他国ではその割合は日本に比べて非常に少ない、つまりは他国の新聞は日本の新聞よりはるかに、「自国以外のさまざまな研究報告も掲載している」ということが明らかになったわけです。この点から、日本の新聞記事に掲載された医学情報には偏りがあるのでは、ということが推察できます。
■「英語の壁」で海外の研究報告が掲載されない?
ではなぜ、日本の新聞は他国に比べて、日本のチームの研究報告を優先して掲載しているのでしょうか。その背景はいくつか考えられます。
そもそも医学論文の多くは、日本人の研究でも英語で発表されています。とくに、医学の発展に寄与する重要な研究は英語で世界中に知らされます。その内容を十分に理解して記事にするには、まずは「英語の壁」があるのではないか、と私は考えています。
日本人の新聞記者にとっては、医学研究に関する専門用語の壁の前に英語の壁が立ちはだかっていて、外国人研究者よりも、身近にいる日本人研究者のほうが取材しやすい傾向にあると見受けられるからです。
他の7カ国の新聞記者は、英語が母国語か、日常的に使い慣れている環境にあるために、論文の理解はもとより、英語での取材が容易なのだろうという推察もできます。
例えば、京都新聞(京都府と滋賀県を中心に発行される地方紙)は、京都大学とのコネクションを持っていて、常に学内で何か新しい学術情報がないかを探しています。それで、私も含めて多くの京大の研究者の報告が同新聞には掲載されています。
ただ、世界で行われる研究のうちで、日本の機関による研究の占める割合など、ほんのわずかだということは研究者であればだれもがわかっていることです。また、日本の新聞が世界的に重要な医学情報を掲載しないことに疑問を抱く研究者も多いのです。
■海外で議論沸騰となった論文も日本では…
世界には有名な論文がたくさんあります。その価値を決める指標は、論文が掲載された「ジャーナル」(自然科学・社会科学の学術雑誌)の「インパクトファクター(Impact Factor:IF)」(掲載された論文の被引用回数から計算される、そのジャーナルの影響力を表す指標)や、他の論文などに引用される数の「論文の被引用回数」などです。最近では、「オルトメトリクス(altmetrics)」という、どれくらいニュースやブログ、SNSなどで参照、閲覧されたかというネット上の反響を示す指標もあります。
日本の場合、論文の著者の中に日本人が参加していると、日本の新聞に取り上げられる可能性は高まりますが、そうでなければ、世界的に有名で重要な医学論文であっても無視される可能性も高まります。
ひとつの例として、京大とオックスフォード大学(イギリス)が共同で行ったメタアナリシスを紹介しましょう。
インパクトファクターが高い「世界四大雑誌」に数えられる『ランセット(The Lancet)』に2018年、次の医学論文が掲載されました。私は精神科医でもあり、この論文の共著者になっています。
『Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis(大うつ病性障害の成人の急性期治療における 21 種類の抗うつ薬の有効性と受容性の比較: 系統的レビューとネットワーク メタ解析)』(※2)というタイトルです。
2023年4月19日時点でこの研究の被引用回数は827回、オルトメトリクスは5619と、かなりの話題になっています。この論文がランセットに掲載された後に、新聞データベースを自分で調べたところ、出版後の1カ月間で世界の新聞に45回、記事として掲載されました。
その反響とともに、「抗うつ薬は有効」「いや、そんな安易に決めるな、抗うつ薬は危険だ」などと世界中の医学界で賛否両論の批評や意見が出され、議論が交わされました。
日本では朝日新聞と京都新聞が小さな記事にしていましたが、これはやはり、日本人が関わっていたから記事にしやすかったということであり、議論沸騰といったことにはなりませんでした。
別のさまざまなテーマでも、これと似た規模の研究は、世界中で行われています。しかしそれらが日本の新聞の記事になることはまずありません。もしこの研究に京大が関わっていなくて、オックスフォード大学だけが行ったものであれば、記事になったかどうかもわかりません。
まとめると、次のようになります。
・重要な医学研究の多くは英語論文で発表される。
・日本の新聞は、海外のジャーナルに掲載された重要な論文でも記事にすることが少ない。
・日本人が発表した研究報告であれば日本の新聞の記事になることはあるものの、海外の研究者が英文で発表した場合は、重要な研究であっても日本の新聞の記事になる可能性は非常に低い。
医療分野の研究報告に関する記事において、日本の新聞と海外の新聞では、まず記者による情報選択の段階からこうした差があるということを知っておきましょう。新聞で国内の機関の斬新な研究報告を読んだ場合でも、海外ではもっと進んでいるのだろう、どんな研究があるのかな、と想像することは、医療リテラシーを高めることになるでしょう。
そして、英語の医学情報もネットで簡便に得られることを利用し、調べてみるアクションはさらに知の幅を広げることになるでしょう。
■便利な翻訳ソフトで英語論文をのぞく
私は研究者として、日本人が日本語で得られる医学情報はほんの一部しかなく、英語の大海に泳ぎ出ていかないとならないことを痛感しています。ここでくれぐれも言っておきます。私は英語で論文を書いていますが、実のところ、英語が苦手です。そのため、翻訳ソフトを使って海外の情報を得るコツを探ってきました。
いつも「DeepL翻訳」や「Google翻訳」などの翻訳ソフトに頼っています。そして、これらソフトの性能も随分と良くなっていて、英語のハードルはいまや翻訳ソフトの存在でかなり解消できることを知っています。
医療情報をちょっと知りたいだけという場合でも、追求したい場合でも、また探る必要性がある場合でも、いまやパソコンやスマホでは自動で一瞬で翻訳がされて、日本語で読むことができます。英語のハードルは簡単に越えられるのです。また、医学の専門用語のハードルが高いように思っても、ネットで適切に検索をすると、大まかなイメージはつかめるでしょう。
シュノーケルをつけて海に泳ぎ出るように、翻訳ソフトを使って海外の情報にも触れてみてはどうでしょうか。くり返しますが、その方法はいま、驚くほど簡単です。必ず知りたい情報以上の発見があります。これから、そうした「適切に調べる具体的な方法」についても、本連載で紹介していきます。
※1
Dumas-Mallet E, Tajika A et al. Do newspapers preferentially cover biomedical studies involving national scientists? Public Underst Sci. 2019;28(2):191-200.
※2
Cipriani A, Furukawa TA, et al. Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. Lancet. 2018;391(10128):1357-66.
構成:阪河朝美/ユンブル
医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。
プロフィール
たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。