前回(第5回)、「エビデンスに基づいた確かな医療情報は『診療ガイドライン』にあり」と題し、ネット上で誰もが無料で閲覧できる診療ガイドラインが存在すること、それには医師や医療関係者向きのもののほかに、「一般向きの解説書」もあること、それらの事例とリンク先、また診療ガイドラインと解説書の総まとめサイトの紹介や閲覧方法などについて述べました。
今回は、診療ガイドラインの中でも各種の「がん」に関するものと、一般向きのわかりやすい解説をとりまとめるウェブサイトの存在、またその内容について紹介します。
■がんの診療ガイドラインは充実している
いまや言わずもがなですが、多くの病気の中でも、特にがんに関する情報はインターネット上のみならず、どのメディアにもあふれています。適切な情報を探すにあたっては、「いったい何を参考にすればいいのか」「情報の質の確認はどうすればいいのか」といった疑問や疑念がわくのも無理はありません。
医師や医療関係者が述べている内容であっても、それがエビデンス(科学的根拠)に基づく情報なのか、現時点での自分の症状を改善させるにあたって有用な情報であるかどうかは、なかなか判断がつかないでしょう。
どこにあるどの情報を参考にすればいいのか。その結論は、第5回で伝えたように、「エビデンスに基づいた確かな医療情報は『診療ガイドライン』にあり」となります。診療ガイドラインとは、同回に記したように、「医師や医療関係者向きに、各分野の医学会が作成した診療についての手引書」のことです。
診療ガイドラインのすべてが無料で公開されているわけではないとも言いましたが、今回、特筆しておきたいのは、各種のがんに関しては、それぞれの診療ガイドラインの公開が充実しているということです。
そして、各種の診療ガイドラインは前回(第5回)に紹介したとおり、『Mindsガイドラインライブラリ 』にて、無料で誰もが閲覧、探すことができるのですが、別途、がんの診療ガイドラインのみを一括して掲載するウェブサイトが存在します。さらに、患者さんや家族、一般の人を対象に、がんに関する情報を広く扱い、読みやすく掲載するサイトもあります。
これから紹介するその2つのサイトは運営団体がそれぞれに明らかで、妙な広告が貼られていることもなく、気づかないうちに別の広告サイトを開いていたということにはなりません。
■各種のがんの診療ガイドラインを集めたサイトがある
ではまず、「がんの診療ガイドラインのみを集めたウェブサイト」を紹介します。それは、「がん診療ガイドライン」 です。会員登録などをしなくても誰でも無料でいつでも閲覧することができます。
運営するのは「日本癌治療学会」で、各種のがんの診療ガイドラインを、記述のフォーマットを統一して公開しています。そのうえで「臓器別ガイドライン」と「支持医療に関するガイドライン」に分けて整理されています。支持医療とは、苦痛に対処する治療のことです。
臓器別では例えば、「脳・神経」―脳腫瘍(成人)・脳腫瘍(小児)、「頭頸部」―頭頸部がん・口腔がん・甲状腺腫瘍、「胸部」―肺がん・乳がん、「消化管」―食道がん・胃がん・大腸がん、「肝臓・胆道・膵臓」―肝がん・胆道がん・膵がんなどをはじめ、全身の臓器、部位別に分類されています。まずはアクセスしてみてください。
■一般向きの「がん情報サービス」を参考にする
ただし前回からくり返しますが、診療ガイドラインとは医師や医療関係者を対象とした文書です。患者さんからは「何が書いてあるかさっぱりわからない」という声もとても多くあります。専門用語の解釈に誤解が生じることもあるかもしれません。
そこでこれとは別に、患者さんや家族、一般の人を対象に、診療ガイドラインの内容などをわかりやすくまとめたウェブサイトも存在します。それが、「がん情報サービス」というサイトです。こちらも無料で誰もが閲覧することができます。
日本には、日本人の死因でもっとも多いがんの対策や研究の推進などについて定めた「がん対策基本法」という法律(2007年4月1日施行)があります。「がん情報サービス」はこの法律に基づいて、「国立研究開発法人国立がん研究センター」が作成、運営する公式サイトです。
内容は、がんに関する基礎知識、診断と治療、症状と生活、予防と検診、療養生活、食事、心のケアなど、また、仕事との両立、費用、制度、情報の集めかたなど、そして、「がんと診断されたあなたに知ってほしいこと」として「がん相談支援センター」の存在と活用の勧めなどで、がんに関するさまざまな情報を網羅しています。
同サイトは医療者の間では、「がん情報の入り口」と言われています。何はともあれ、アクセスをしてみてください。
この「がん情報サービス」の情報は、ウェブ上で閲覧できるだけではなく、冊子、チラシ、リーフレットも同サイトから無料でダウンロード、印刷することができます。
例えば、『がんになったら手にとるガイド 普及新版』(A5版・288ページ)があります。ほかに、がんの実態調査をまとめた文書、用語集といった資料も充実しています。
患者さんの中には、「がんの診療時に担当の医師から、ネットで確かな情報を調べるときは、『がん情報サービス』のみを参考にしてください、とアドバイスされた」と話す人がいます。このように医療界では、「がん情報サービス」は医師が患者さんに勧めるサイトの筆頭であると周知されています。
自分や家族、身近な人ががんになった場合、がんを予防したい場合、検診を受けようかと迷っている場合など、どのような状況でもこのサイトは役に立つと思われます。
■「がん相談支援センター」を活用しよう
ここまで、がんの情報についてネットで調べるときに確かだといえるウェブサイトを紹介しました。これらを活用して情報を力とするにあたって重要なことは、思い浮かんだ疑問や迷い、不安なことは必ず、適切な情報を持つ誰かに相談し、できるだけ落ち着いて考えて判断するということです。
実は、適切な情報を得てから、「冷静に考え、判断する」ということは、患者さんや家族ら身近な人にとって、とても難しい、厳しいことだと思います。
もちろん、治療法や見通しについては担当の医師に相談したいところですが、内容や相性によってはそれも難しいこともあるでしょう。
そこで、冷静に相談に乗ってくれる機関として、「がん相談支援センター」があることを知っておいてください。この機関は、全国の国指定の「がん診療連携拠点病院」(2023年4月現在で456カ所)などに設けられています。
どこにあるかは「がん情報サービス」のサイトで最寄りの施設を検索できるほか、電話やチャットで同センターを探す手伝いをしてくれる「がん情報サービスサポートセンター」もあり、手軽に問い合わせることができます。
相談窓口では、がんに関する治療、病院の選びかた、療養生活全般、仕事との両立、診察費などお金のこと、セカンドオピニオンの紹介、家族や職場にどう伝えるかといったコミュニケーションについてなど、どうすればいいのかわからないことや不安に思うことについて尋ねることができます。
無料で、患者さん本人や家族、パートナー、また匿名でも、対面でも電話でも相談が可能です。メディアから得る情報とはまた違って、自身の病状や生活状態、環境に即した専門家によるアドバイスを得ることができます。
「何を質問すればいいかもわからないが、漠然と不安だ」「頭がまっ白だ。何から考えればいいのか…」といった場合でも、相談者にとって必要な情報を吟味して提供、相談にのってくれるでしょう。ぜひ活用してください。
■「標準治療」ががんの最良の治療法
先述の日本癌治療学会のサイトの「がん診療ガイドラインについて」の冒頭には、「がん診療ガイドラインの策定,普及は,国民が安心してどこでも標準的ながん診療を受けられる環境を構築するうえで必要不可欠なことです。」と記されています。
「標準治療」という言葉をメディアなどでよく耳にすると思います。これも「何のことなのかわからない」とよく尋ねられる医療用語のひとつですが、この文中の「標準的ながん診療」という文言がそれを示しています。
「標準治療」という言葉の響きからか、「並」レベルの治療のことだと勘違いされることがありますが、そうではありません。
前述の「がん情報サービス」のサイトでは、「標準治療とは、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、多くの患者さんに行われることが推奨される治療のことをいいます。」と明記されています。
また、「標準治療」とは具体的に、「診療ガイドラインに掲載されている治療法」のことであり、各分野の医学会が推奨する治療を指しているのです。つまり、ある分野のがんの「標準治療」を知りたい場合は、そのがんの診療ガイドラインや、一般向きに分かりやすく説明された解説書を読めばいいということです。
それには、これまでに紹介してきた『Mindsガイドラインライブラリ』『がん診療ガイドライン』『がん情報サービス』をあたりましょう。
医師は患者さんに、病状に応じていくつかの治療法の選択肢を伝えますが、その際には「いまの標準治療は、こうです」と説明するでしょう。
くり返しますが、「標準治療」とは、その分野の疾患に関していまもっとも良いと考えられる治療法のことです。そして、各種のがんの「標準治療」の治療費のほとんどは公的医療保険適用となっています。
実際の医療現場では、「標準治療」の方法を踏まえたうえで、医師の経験や、患者さんの状態、希望などを尋ねて最良の治療法を決めていきます。
■「先進医療=上質な治療法」ではない
一方、「先進医療」という言葉もよく耳にすると思います。こちらは、言葉の響きからイメージがいいかもしれませんが、上質な治療を意味する言葉ではありません。むしろ「まだエビデンスが確かではなく、効果があるか、安全性が確立されているかどうかは十分には確認ができていない新しい治療法」を指します。
また、「先進医療」の治療にかかる費用は原則、公的医療保険が適用されず、全額が自己負担となります。厚労省が認めている場合は例外はありますが、いずれにしろ、公的医療保険が適用されない治療やサービスを受ける場合は、事前に費用や治療回数、改善の見通しなどの詳細を重々に確認してください。不明点は、前述の「がん相談支援センター」に問い合わせましょう。
こうした点を適切に理解しておき、言葉のイメージだけで早とちりや誤解をしないように注意しましょう。
■「緩和ケア」は終末期の治療ではない
がんの治療に関連して、もうひとつ、用語の意味を勘違いされている患者さんが多い言葉があるので、ここで述べておきます。それは「緩和ケア」です。
「緩和ケア」と聞くと、すでに治療が難しい終末期の治療やケア(ターミナルケア)のことだと解釈されることがあります。しかし、先述の「がん対策基本法」が2016年12月に改正された際に、「緩和ケア」は次のように定義されています。これをもとに現在は、厚生労働省が推進する「緩和ケア」をがん診療拠点病院などで実践しています。
<緩和ケアの定義・第15条>
「がんその他の特定の疾病に罹患(りかん)した者に係る身体的若(も)しくは精神的な苦痛又は社会生活上の不安を緩和することによりその療養生活の質の維持向上を図ることを主たる目的とする治療、看護その他の行為をいう」
また、「緩和ケアが診断の時から適切に提供されるようにすること」(第17条)とも明記されています。この点が、「緩和ケア」という用語の適切な解釈にあたってのポイントになります。
同法をもとに策定された「がん対策推進基本計画」の第3期(2017年10月閣議決定)では、緩和ケアは終末期の医療ではなく、「がんと診断された時点から、身体的・精神心理的・社会的苦痛等の『全人的な苦痛』への対応を行い、患者とその家族のQOLの向上を目標とする医療であること」(抜粋)、また、「国及び地方公共団体は、患者とその家族の状況に応じて、適切な緩和ケアを患者の療養の場所を問わず提供できる体制を整備していく必要がある」(同)と明記しています。
具体的には、医師・看護師・理学療法士・薬剤師・心理士・管理栄養士・ソーシャルワーカーなどの専門家が必要に応じてチームを組み、患者さんのつらい症状である吐き気、嘔吐(おうと)、痛み、倦怠(けんたい)感など体の苦痛に、また、患者さんと家族の不安、仕事など社会生活、経済的な問題などにと幅広く対応します。
ところが、ちょうど本日読んだ朝日新聞(2023年10月28日夕刊)の記事に、「がんの緩和ケアを始める時期について、『がんと診断された時から』と考えている人は49.7%にとどまることが内閣府の世論調査でわかった。(略)国は診断時からの提供や周知を進めているが、広く浸透していないことが明らかになった。」(抜粋)とありました。
やはり、「緩和ケア」とは終末期のケアだというイメージが浸透しているのだろうことがわかります。「緩和ケアはがんと診断されたときから受ける診療」であることを知っておいていただきたいと思います。
日本では一生のうち2人に1人ががんを経験すると言われます。自分や家族ら身近な人ががんになったとき、また予防のためにも、がんに関する適切な情報を得ておくことは精神的な支えとなるはずです。
前回と今回で紹介した方法を実践手順として整理するとこうなります。
・がんに関する情報は、ウェブサイトの『がん情報サービス』『がん診療ガイドライン』『Mindsガイドラインライブラリ』を参考にする。
↓
・担当の医師に相談し、不明点や聞けない点、自分や家族にとって必要な具体的情報は、「がん相談支援センター」に相談していっしょに探ってもらい、現実的な方法を検討する。
↓
・実際の治療では、診断時から体と精神の苦痛をがまんをせずに、また悩みや不安を抱え込まずに、「緩和ケア」を実践する。
がんに関しては現在、このように法律を背景とした具体的な情報や相談機関、ケア法があるということを知っておき、積極的に活用していただきたいと思います。
次回は、医療機関の広告やウェブサイトにおいて、勘違いしやすい、不適切な表現を見抜くポイントについて紹介します。
構成:藤原 椋・阪河朝美/ユンブル
医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。
プロフィール
たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。