その医療情報は本当か 第5回

エビデンスに基づいた確かな医療情報は「診療ガイドライン」にあり

田近亜蘭

前回(第4回)は、「医学的エビデンスにはレベルが6つある」こと、そのレベルごとの詳細について述べました。では、そのレベル付けは医療においていったい何に活用されているのでしょうか。それは、医師の診療の指針となる特定の疾患ごとの「診療ガイドライン」に反映されていることも伝えました。

つまり、診療ガイドラインの内容は、現時点でのエビデンスレベルが高い医療情報を、それぞれのテーマに即してまとめたものと言えます。

その各種の診療ガイドラインは医療専門の出版社などから書籍として販売されており、中にはウェブ上で無料にて公開されているものもあります。

また特筆すべきは、それぞれの診療ガイドラインごとに「一般向きのわかりやすい解説書」が作成されつつあり、これもウェブ上で公開され始めているということです。ウェブ上で誰もがいつでもすぐに読めるという利便性にも注目してください。

そこで今回は、診療ガイドラインとは何か、一般向きの解説書とはどういうものか、および、一般の人がどのようにして興味がある診療ガイドラインにアクセスできるのかといった、具体的な方法を紹介しましょう。

■医師向けの「診療ガイドライン」とは

メディアで医師らが、「この治療法は診療ガイドラインに記載されていて…」などと発言することがあるでしょう。患者さんからも、「うつ病、便秘、花粉症の治療法をネットで検索していたら、『診療ガイドライン』ということばがよくヒットします。それ何?」と聞かれます。

診療ガイドラインについて、エビデンスやエビデンスレベル(第4回参照)の概要と合わせて知っておくと、「興味がある病気の内容と治療法」の理解が進むでしょう。

診療ガイドラインとは、「主に医師や医療関係者向きに、さまざまな診療分野の医学会が作成した診療についての手引書」のことです。医療現場での診断、治療、予防、予後などの重要なポイントについて、最新のエビデンスが各分野の専門家によって解説されています。

例えばウェブ上で公開されている診療ガイドラインには、下記などがあります。「何が書いてあるかさっぱりわからない」と言われる場合もあるのですが、あとで、一般向きのわかりやすい版のことや、検索法、簡便なアクセス法も後述します。

ここではひとまず、「こういうものがある」ことを知っていただきたいために、ほんの一部ながら例示しますので、各リンク先をのぞいてみてください。(なお、がんの種類ごとの診療ガイドラインについては次回に紹介します。ここではがん以外の病気を挙げています)

・高齢者のうつ病では、日本うつ病学会が作成した『日本うつ病学会治療ガイドライン―高齢者のうつ病治療ガイドライン』(2022年改訂)

・胃食道逆流症では日本消化器病学会による『胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021

・糖尿病では日本糖尿病学会による『糖尿病診療ガイドライン2019

・頭痛では日本神経学会などによる『頭痛の診療ガイドライン2021

・関節リウマチでは日本リウマチ学会などによる『関節リウマチ診療ガイドライン2020

・アドピー性皮膚炎では日本皮膚科学会などによる『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2021

いかがでしょうか。現在の医療において「確かな医療情報とはどこにあるのか」と問われると、「診療ガイドラインを参考にしてください」というのが適切な解といえます。メディアで医師らが「診療ガイドラインでは、これこれしかじかと記されていて…」と説明する場合が多いのはそうした理由からでしょう。

診療ガイドラインとは、医師たちが診療時に使う参考書のひとつとも言えます。医師は日々の診療の中でさまざまな疑問、例えば私の専門領域の精神科では、「うつ病が改善した後も抗うつ薬の服用は続けてもらったほうがいいのか」「高齢者のうつ病に有用な精神療法は」といったことに遭遇します。これを「クリニカルクエスチョン(CQ:臨床疑問)」といいます。

こうした疑問が生じたとき、医師は自身の医学的知識や経験などで対処しています。しかし、複数の方法が考えられるケースや、自分の知識が古くないかなどを確認したい場合も頻繁にあり、そうしたときに診療ガイドラインを参考にします。

どの診療ガイドラインも数年ごとに改訂されるので、何年度の作成なのか、また改訂版ならそれも何年度なのかが明記されていて、タイトルに、『〇〇〇診療ガイドライン2022』と、西暦が記載されている場合もあります。医療情報は日進月歩なので、医師をはじめ医療関係者は常に、最新の診療ガイドラインを参考にしています。

■診療ガイドラインは誰が作るのか

診療ガイドラインは病気ごとにある各医学会が作成すると言いましたが、「具体的にどこの誰が作成しているの?」という疑問も浮かぶでしょう。

各医学会はまず、その病気の専門家を集めた「診療ガイドライン作成委員会」をつくり、その委員会のメンバーが各専門分野を作成していきます。メンバーの氏名と所属先である病院や研究機関の名称は、各診療ガイドラインの巻頭や巻末に列挙されています。先述の例示のリンク先で確認してみてください。

私は『日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023』(日本うつ病学会)と『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』(日本神経精神薬理学会)の作成委員会の委員です。

どのようにして作成するかというと、まず、取り上げる病気に関する重要なクリニカルクエスチョンを設定します。例えば、先述の「うつ病が改善した後も抗うつ薬の服用は続けるべきなのか」といったことです。

そして、それに関してすでに発表されている世界中の医学研究論文を収集、選択、評価、分析して、最新のエビデンスを提供します。すなわち、第4回で触れた「システマティックレビュー」(系統的に批評や再検討をすること)や「メタアナリシス(メタ解析)」を実際に行ったり、あるいはすでに適切な論文が発表されているならばそれを引用したりします。そのうえで、作成委員会の合議で各治療の「推奨度」を決定していきます。

これも特筆しておきますが、最近は、患者さんや一般の市民も診療ガイドラインの作成メンバーに参加していただくことが増えてきました。医療者ら専門家の視点だけでなく、患者さんの視点や価値観を取り入れることはとても重要だからです。

この活動を、「患者・市民参画」とし、英語で“Patient and Public Involvement”、略して「PPI」と呼んでいます。厚生労働省は、「患者やその家族、市民の方々の経験や知見・想いを積極的に将来の治療や ケアの研究開発、医療の運営などのために活かしていこうとする取り組み」と定義しています。

例えば、先述の『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』もPPIの信念に基づいて、患者さんやご家族と一緒に作成しています。今後、多くの分野で実践されていくでしょう。

■診療ガイドラインには「治療法の推奨度」が記されている

次に、診療ガイドラインには何が書いてあるのでしょうか。

それには、医師が患者さんを診療する際に、「解決したいクリニカルクエスチョンに対しての現時点での最善の回答」が示されています。

多くの診療ガイドラインでは、複数のエビデンスを総合的に判断するために、先述のシステマティックレビューなどを経て、ある治療法を行う、または行わないことの推奨の強さを「強い」か「弱い」か、そしてその根拠となるエビデンスの確実性が「強い」「中程度」「弱い」「非常に弱い」などに分けて表示しています。

ガイドラインによって推奨度の表現は少し異なることがありますが、表示形式については各ガイドラインに明記されています。このことは診療ガイドラインのもっとも重要な部分であり、診療ガイドラインとは、推奨度とエビデンスの確実性を具体的に示す文書であるわけです。(注意:こういった推奨度とエビデンスの確実性の記載方法は、この10年あまりで普及してきました。最近の診療ガイドラインは上記のような表記がほとんどですが、古い診療ガイドラインはこのような書き方になっていません。できるだけ新しいものを参考にしてください。)

■一般向きのわかりやすい診療ガイドライン「解説書」がある 

診療ガイドラインは医師や医療関係者向きに作成されてきましたが、ここ数年で、「患者さんや家族の皆さんらを対象にした、一般向きの診療ガイドラインの解説書」(以下「解説書」と呼びます)も発行され始めています。

これは、医師向きの診療ガイドラインの作成委員会が、一般の方を対象にわかりやすく解説した文書です(ほかの団体が作成したものもあります。それは後述)。

とくに一般の皆さんに知っていただきたいのは、この解説書の存在についてです。こちらも、ネット上で公開されて無料でいつでもだれもが閲覧できるようになっています。

公開されている一般向きの解説書には、例えば、下記があります。これもどういうものかを知るために、とりあえずリンク先にアクセスしてみてください。先述の医師向けの診療ガイドラインとは、ずいぶんと説明文もレイアウトも違い、読みやすいことに気づかれるでしょう。(各種のがんの一般向き解説書は次回に紹介します)

・高血圧では、日本高血圧学会による『一般向け「高血圧治療ガイドライン2019」解説冊子 高血圧の話

・胃食道逆流症では、日本消化器学会による『患者さんとご家族のための胃食道逆流症(GERD)ガイド

・過敏性腸症候群では、日本消化器病学会による「患者さんとご家族のための過敏性腸症候群(IBS)ガイド

一般向きのほうを読まれた患者さんは、「イラストがふんだんで、専門的なことも日常づかいのことばで説明してあり、大きな字でかなりわかりやすかった」と話す人が多く、最新の確かな医療情報を読みやすく伝えることができる有用な媒体だと思われます。

ただし、解説書が増えてきているとは言いましたが、すべてが公開されているわけではありません。その数はまだまだ少ないのが現状です。

医師向きの診療ガイドラインは、完成したら、できるだけ多くの方に読んでいただけるように、書籍にして刊行します。またウェブサイトで公開することを前提に作成している場合も多くあります。ただ、ウェブサイトで公開するまでの作業に時間がかかるため、書籍刊行よりも公開は遅れます。

一般向き解説書のほうはその後に作成されるためにさらに時間が必要となり、各医学会が公開に向けて努力をしているようですが、なかなか追いつきません。

一方で、徐々に公開は増えており、とくに、次回に紹介するがんの情報については充実してきています。そこで、気になる病気の診療ガイドラインと一般向き解説書をネット上で探すにあたっての便利な総合サイトと、アクセス法について次に紹介します。

■診療ガイドラインの検索専門サイト「Minds」が便利

日本には、診療ガイドラインの作成を推進する「Minds(マインズ)」(Medical Information Distribution Service)という団体(公益財団法人日本医療機能評価機構)があり、厚生労働省によるEBM(Evidence-Based Medicine エビデンスに基づく医療。第4回参照)の普及推進を行っています。

このMindsは、日本国内で公表されている診療ガイドラインの総まとめサイト「Mindsガイドラインライブラリ」を運営しています。同サイトでは、各病気、体の部位、臓器別などのキーワードで簡単に病気ごとの診療ガイドラインを検索することができるのです(図1参照)。

ヒットした診療ガイドラインのうち、公開されているものにはそのリンク先も掲載されています。そして同サイトでは、一般の人向きの解説書のほうも同時に検索することができます。画面上の「ガイドライン解説 検索」という検索窓に、病名などの言葉を入力して検索してみてください。

図1 「Mindsガイドラインライブラリ」のトップページ

「診療ガイドライン 検索」(医師や医療関係者向き)や、「ガイドライン解説 検索」(一般向き)の検索窓にキーワードを入力して検索します。また、画面を下方にスクロールすると、「新着ガイドライン」や「お知らせ」の一覧も記載されています。

なお、先ごろ、Mindsには新しい検索ページの「ガイドラインを探す」が公開されています(図2参照)。カテゴリーが「部位」「疾患」「トピックス」などに分けられて、表示の順番も「発行日 新しい順」「更新順」などから選べて探しやすくなったように思います。

図2 「Mindsガイドラインライブラリ」で新公開された検索ページ「ガイドラインを探す」

気になる部位名、疾患名などで検索を試みてみてください。

図1のサイトの「診療ガイドライン 検索」の窓で、先述の『統合失調症薬物治療ガイドライン』と書いて検索すると、最新版の『2022』がヒットし、公開されていることがわかります。

一方、一般向きの「ガイドライン解説 検索」の窓のほうで検索すると、2023年8月現在はまだ『(旧版)統合失調症薬物治療ガイド -患者さん・ご家族・支援者のために-』だけが公開されています。ここでひとつ注意が必要です。

なぜなら、日本神経精神薬理学会のウェブサイトではすでに、一般向きの最新版である『統合失調症薬物治療ガイド2022 患者と支援者のために-』が公開されているからです。これは、Mindsにはまだ最新版が掲載されていないだけということです。

このように、どの医学会の診療ガイドラインでも、一般向きの解説書でも、Mindsではまだ「旧版」しかみつからないことや、「現在作成中」と記されていることが多くあります。

Mindsで見つからない場合は、各診療ガイドラインを発行する医学会のウェブサイトに掲載されていないかを確認してください。

もうひとつ、Mindsの「ガイドライン 解説 検索」の窓で検索した場合、医学会の作成による「医学会版ガイドライン解説」のほかに、Mindsのグループがわかりやすいことばで解説した『Minds版ガイドライン解説』と、図や表も用いて医療の基本知識を解説した『Minds版やさしい解説』も存在します。

例えば、『慢性頭痛 Minds版やさしい解説』、『CKD(慢性腎臓病) Minds版やさしい解説』、『認知症Minds版やさしい解説』、『腰痛 Minds版やさしい解』『歯に原因がない歯痛 Minds版やさしい解説』などの解説書があります。

■診療ガイドライン、解説書を活用する

病気やけがで医療機関を受診したとき、治療法についていくつかの選択肢を医師から提示されるでしょう。

患者さんご本人は、そのときの症状の程度、病気やけがの状態、また、仕事や家庭環境などを踏まえて、それぞれの選択肢のメリットは何で、デメリットは何かを総合的に考えながら、「自分にとって最適な方法」を選ぶことになります。しかし、急にそのような治療の選択肢を提示されても、よくわからないこと、迷うこと、不安になることもあるでしょう。

そんなとき、「診療ガイドライン」や、「一般向きの解説書」を読んでみると、何らかのヒントになることがあるかもしれません。

自分や家族、身近な人が病気になったとき、いま、どういう治療法や検査法があるのか。それをあらかじめ知っておくと、選択肢の幅が広がる、また、医師から提示される選択肢を理解し、積極的に治療法を見つめて取り組むことができる場合もあると思われます。

医師から治療法の提案があったときに、その方法を診療ガイドラインや解説書で確認すること、そして質問や疑問があれば、医師に「診療ガイドラインではこう書いてあるが、私の治療法ではどうなのか」と具体的に尋ねることもできるでしょう。

今回は、適切な健康や医療情報を入手するコツとして、各医学会が作成する医療情報の信頼性が高い病気別の「診療ガイドライン」や、それをわかりやすく解説する「一般向けの解説書」の存在、また、「Mindsガイドラインライブラリ」という情報提供の主体が明確なウェブサイトを把握しておこうという提案でした。

次回は、「がん」の診療ガイドラインと解説書、それをとりまとめるサイトなどについて紹介します。

                     ※2023年8月の情報です。

構成:阪河朝美/ユンブル

 第4回
第6回  
その医療情報は本当か

医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。

プロフィール

田近亜蘭

たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。

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