カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第8回

光州は世界をつなげる

伊東順子

映画で描かれた真実とフィクション

 

 これまでも光州事件に関連する映画は作られてきた。『つぼみ』(1996年、チャン・ソヌ監督)、『ペパーミント・キャンディー』(1999年、イ・チャンドン監督)、そして冒頭でふれた『華麗なる休暇』など。このうち『華麗なる休暇』は、初めての「光州事件の10日間」そのものを正面から扱った映画ということで、2007年の公開時には大きな話題となった。

 「涙、涙のプレス試写会、そして街の映画館も涙、涙。やはり、韓国人にとって、この事件は重い」

 当時、私自身が書いた新聞のコラム原稿をひっぱり出してみたら、こんな書き出しになっていた。『華麗なる休暇』もまたキム・サンギョン演じる主人公はタクシー運転手だったが、それはど真ん中で戦った「光州のタクシー」であり、「当事者たちの物語」だった。

 その10年後に制作された『タクシー運転手』にも「光州のタクシー」は登場し、ソウルから来た「同業者」との友情と連帯の物語が展開するのだが、あくまでも物語の中心は「ソウルのタクシー」であり、光州での出来事は「外部者の目」を通して描かれている。

 ちなみに物語のクライマックスは撮影したフイルムを光州から持ち出すシーン、過剰な演出を批判する向きもあるが、もっとも重要な部分は事実に基づいている。「外国人記者を乗せたソウルのタクシー」を必死に追う軍の諜報部員。その目をかいくぐるため偽装したナンバープレートが、光州を脱出する際の検問で発見されそうになる。ところがこの時に信じられないことが起きる。この検問のシーンこそがいかにも映画的なのだが、実はドイツ人記者ヒンツペーターの回想を土台にしたものだという。

 一方、映画で最大のフィクションは主人公マンソプのキャラクターである。モデルとなったタクシー運転手は実在の人物だが、映画の最後で語られるように長らく消息不明だった。ところが映画公開後に息子さんが名乗り出て、はじめてその人物(本名はキム・サボクさん)についての詳細が明らかになった。息子さんが語った実際の父親は、映画の主人公とは正反対の実直なタイプであり、また外国人相手のタクシー運転手として語学も堪能だったという。したがって光州へ行く目的も危険さも承知しており、ヒンツペーターとは同志関係にあったのでは、という。

 実は光州を取材した外国人記者はヒンツペーターだけでなく、朝日新聞や西日本新聞をはじめ日本人記者なども現地に入っている。彼らもまたソウルからタクシーで入り、農民のトラクターに乗って脱出するなどして、命がけの取材をし写真のネガを持ち出していた(その時の日本の新聞は光州市にある「5・18民主化運動記念館」に展示されている)。キム・サボクさんのようなソウルのタクシー運転手は他にもいたのである。

 外国人記者とソウルのタクシー運転手という、二人の「外部者」の目を通して見る光州事件。同じく外部者である我々にとっても、それは共感しやすい視線であり感情だといえる。

 「この映画の独特さはタクシー運転手という『外部者』の目を通して光州民主化運動を描き出すことだ。この映画の最も大きな特徴はここにある」(2017年7月12日付「ハンギョレ新聞」)等、多くの識者はこの映画をこれまでの作品と区別したが、一方で既視感をもった人もいたかもしれない。

 実は「外部者の目を通して光州を描いた作品」は過去にもあったのだ。

 

 

外部者の目を通して見た光州、25年前のドラマ『モレシゲ』(1995

 

 それは1995年に放映されたテレビドラマ『モレシゲ』(1995年、SBS)である。チェ・ミンスが演じた主人公はソウルの「ヤクザ」であり、カタギになって故郷の光州で暮らす弟分を訪ねて事件に遭遇する。一般人ならぬヤクザ者ですら戦慄した国家権力による壮絶な暴力。それに命がけで抵抗する市民たちの姿が映像として再現されたのは、このドラマが初めてだった。

 最高視聴率60パーセント超え、放映日にはドラマを見るために皆が帰宅を急ぎ、街が閑散となったという「伝説のドラマ」。それが決して誇張ではないことは、当時ソウルで暮らしていた私はしっかりと記憶している。今でもあのテーマソングを聞くだけで、心がそわそわする。少なくとも私の周囲の韓国人で、このドラマを見ていない人はいなかった。

 ドラマ『モレシゲ』と映画『タクシー運転手』の共通点は、それが「外部の視線」で描かれ、かつ優れたエンターテイメントであったことだ。『モレシゲ』は光州事件のドラマとして記憶されているが、直接それを扱ったのは全20回のうち2回だけで、ストーリーの中心は別にある。ただ当時、開局したばかりの初の民間放送局SBSが、このドラマで挑んだことは「光州事件の真相」を一般国民と共有すること、その目的は明確だったと思う。そしてそのため必要だったのは、誰もがのめり込める連続ドラマとしての質の高さ、そして「外部者の視線」だった。

 1980年代の韓国は厳しい報道管制下にあり、光州事件について知るものはごくわずかだった。一般の韓国人がそれを知る機会を得たのは、1987年の民主化と1993年の文民政権(金泳三大統領)の成立以降である。

 「実際には何が起きていたのか?」

 光州現地の人々の告発と外部者の目撃証言が重なることで、歴史の真実は承認を得ることができた。

 同じ頃、政府レベルでも事件の真相究明と市民虐殺についての責任追及が始まり、1995年の暮には全斗煥・盧泰愚という二人の元大統領が逮捕され、法廷で裁きを受けることになる。また1997年には初めて政府主催で5・18記念式典が行われた。

 長らく「暴徒」とか「パルゲンイ(アカ)」と言われた人々の名誉は回復され、光州市民がとった行動は真に愛国的であり、韓国民主主義の礎であることが正式に認められた。

 そこから10年後に公開されたのが映画『華麗なる休暇』であり、さらに10年が経過した後に公開されたのが映画『タクシー運転手』である。会場のあちこちで嗚咽が聞かれた前者に比べて、後者にはその重苦しさのようなものはなかった。

 「時間がたって、歴史として客観的に見られるようになったんですね」

 と言われたが、果たしてそれは単に時の流れのせいだったのか?

 たしかに『タクシー運転手』を見た1200万人の多くは、「光州後」に生まれた若者だった。40年前の出来事はすでに「歴史」でもあったが、重要なのは若者たちはもれなく「ろうそく革命」を経験していたことだ。わずか8ヶ月前、彼らは厳寒の光化門広場に座り込み「朴槿恵退陣」を叫んでいた。いつのまにか蘇っていた独裁政権の亡霊と戦い、勝利していたのである。

 彼らは外部者であると同時に内部者でもあった。彼らは「あの歌」を、『あなたのための行進曲』を、自分たちの声で歌っていたのだ。

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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