気がつけば、けっこう長くアクセルの話をしている。
都築の話が面白く、シリーズのようになってしまった。でも、この日の内容で書くのは、これが最後だ。
私は訊ねる。羽生の美しいトリプルアクセルは、どんな練習の賜物なのか。いったい、どういう指導がなされたのだろう?
「子どもの持っている資質がありますから、こうやったらいい、ああやったらいいというのは一概には言えません。
まず、コーチがその子を見極める必要があります。それが大きな課題ですね。
羽生の場合、天性の資質に加え、ほんとうに熱心な子でした。ダブルアクセルには少々苦労しましたが、そのときも気力はものすごかった。
だから、私のほうもしつこく、中身を濃くしてやっていたのは事実です。
例を挙げれば、オープンアクセルという、前向きに踏み切り、手足を広げて跳ぶジャンプがあります。
それを小さい頃から、だいぶやらせました。オープンアクセルは、皆さん、あまりやらせないんですよ。
昔、シングルの時代にはよくやっていたんですが、今のようにダブル、トリプルの時代になると……。オープンアクセルは回転をしませんからね。だから、やらない。
でも、基礎のときにあれをやっておくと、ダブルやトリプルに役に立ちます。効果的な練習ができるんです」
重ねて訊ねる。「効果的」の詳細について、「どんなふうにでしょう?」。
「滞空時間を、感覚的に作れるようになるんです。
現状は滞空時間を作れないまま、皆必死になって回ろうとしています。そういうケースが非常に多く見受けられます。
オープンアクセルをやっていると、ぜんぜん違います。感覚がすでに身についていますからね。
アクセルのテイクオフは、回転数に関係なくだいたい同じ弧線を描きます。
その弧線、距離の中で、ダブルならダブル、トリプルならトリプルをしっかり揃えなければならない。
跳べるだけの感覚を身につけられるかどうか。要はそこなんです」
空を舞うようなアクセルは、美しい。魅了される。余裕のある滞空時間が、それを可能にしている。
しかし、都築はこう付け加えるのを忘れなかった。
「優れた資質を持ち合わせているというのが、大前提です」
言葉は、実に誇らしげだ。愛弟子への真摯な思いが、真っ直ぐに伝わってくる。いつもそうだ。
「羽生は、そういう能力を持ったスケーターでした。だいたい、あの子は、ジャンプを回転不足で覚えたことがないんです。
ほかの子は、ジャンプを回転不足で降りることが多い。トリプルで言えば二回半の時期があったり、二回四分の一の時期があったりします。
羽生の場合、それがなかった。習得してしまえば、きちんとクリアに回りました。ええ、最初からです」
羽生結弦は現在、四回転半アクセルへの挑戦を続けている。「もう少し高さを出し、回転を速くし、完成に繋げたい」とする。
都築はそれを、
「正論だと思います」
と言った。
「高さは、もうそんなには変えられません。その中で、より多く回るには、回転速度を上げていくしかない。
そうなると、速くするための身体作り、筋力が必要になってくる。
今はいろいろと細分化され、かなり研究も進んでいます。羽生も理解しているのではないでしょうか。
こういう回転にはこういう筋肉が必要で、こういうふうに使えばいい。説得力のある医科学的なやり方が示されています。
四回転半アクセル、必ず成功させてくれますよ。あと少しだと思います。私は、そう捉えています。
羽生には、誰も口出しできません。しないほうがいいんです。むしろ、害になることもある。
四回転半を跳んだ人は、まだいません。誰ひとりとして、技術を知らない。教える術も持っていないのですから」
この日のやりとりを、私はこれから何度も思い出すだろう。挑戦が続く限り、忘れることはないと思う。
そして、静かに待つ。きっと「あと少し」だ。
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ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。