脳腸相関 第2回

脳と腸をつなぐ回線…外線の自律神経系と内線の腸管神経系の仕組み

菊池志乃

前回(第1回)は主に次のことを述べました。

・「腸は第二の脳」といわれるのは、腸管神経系には脳の指令を待たなくても自主的に動く機能があるから。

・その腸管神経系と消化管のつくりから、消化や排泄(はいせつ)のための腸の蠕動(ぜんどう)運動、粘膜の血流、消化液やホルモンの分泌はどこでコントロールされているのか。

今回は腸管神経系と脳はどのようにつながっているのか、脳腸相関というからには、脳と腸をつなぐ「脳腸回線」とでもいうべきものがあるのか、という視点でその仕組みを見ていきましょう。

■脳と腸は自律神経でつながっている

結論から述べると、第1回で説明した腸管神経系の2つの神経叢の「筋層間神経叢」と「粘膜下神経叢」は、それぞれ自律神経の交感神経や副交感神経(迷走神経。後述)によって脳やせき髄とつながっています。

第1回では、脳を企業でいう本社、腸やほかの臓器を支社に例えて考えました。今回もそうとらえると、「自律神経系は本社(脳)と支社(腸)をつなぐ通信回路である外線」、「腸管神経系は腸という支社内で通じる内線」というイメージになります。(第1回の図1参照)

私はこれらの回線をまとめて、「脳腸回線」と呼んでいます。内線のつくりと役割は前回に説明したので、今回は外線のつくりと役割、そして、内線と外線がどのようにつながっているのかについて述べます。

図1に示したように、自律神経系は、「本社である脳」と「各支社となる臓器」に置いてある固定電話をつなぐ外線に例えることができます。もしもこの回線に異常が起きると、各支社(臓器)は本社(脳)と連絡が取れなくなり、混乱するでしょう。

支社が腸の場合は、便秘や下痢、おなかの痛みや張りといった症状が現れる可能性があるのです。

ここで、自律神経について簡潔に触れておきましょう。自律神経は心臓や血管、肺のほか、胃腸や膀胱(ぼうこう)などの全身の臓器と、脳・せき髄をつないでいます。

その機能についてはよく知られているように、循環、呼吸、消化、分泌、排便、排尿など基本的な生命活動を維持することです。これらの活動の多くは当人の意思とは関係なくコントロールされているため、「自律」神経と呼ばれています。

自律神経には大きく分けて「交感神経」と「副交感神経」があり、脳やせき髄からの指令によって「アクセル」と「ブレーキ」のように使い分けされています。コントロールするとはどういうことかというと、車の運転ではアクセルとブレーキを交互に使い分けるように、臓器ごとにこの2つの神経が協調しあって働いているという意味です。

例えば、緊張や興奮したときは交感神経が働いて心拍数を上昇させます。しかし上昇しっぱなしでは危険なので、休息時に副交感神経のほうが働いて、心拍数を正常な状態まで低下させます。血圧や体温などもこの2つの神経が同じように作用し、健康な状態を保つように調整しています。

体の機能の多くは、交感神経がメインで働いているときに活発になり、副交感神経がメインで働くときには休憩します。ただし、消化や排便、排尿はその逆で、緊張や興奮しているときにはその機能が鈍り、休憩時やリラックス時の副交感神経が活発なときに働くようになっています。

それゆえに、「便秘を予防するために、朝はゆっくりトイレタイムを設けましょう」「食事中と食後はゆったり気分で」などと言われます。それは副交感神経を活発にして、消化と排便、排尿を促そう、ということなのです。

図1 脳と腸のつながり

脳と腸のつながりを、電話回線に例えました。図の青色の迷走神経は副交感神経の働きを示し、黄色の交感神経と合わせて「外線」として脳と腸をつないでいます。一方で、腸管神経系は、腸内で点線で示した「内線」で働いています。画像:菊池志乃(転載禁止)

■脳腸回線の軸は迷走神経

このように、脳腸回線では休息時やリラックス時に働いて、消化や排便、排尿を促す副交感神経の働きが重要になります。さらに、副交感神経について踏み込んで考えましょう。

脳やせき髄から出る副交感神経系には、顔面神経、舌咽(ぜついん)神経、迷走神経、動眼(どうがん)神経、骨盤内臓神経などがあります。

中でも迷走神経は、首、胸、おなかの多くの内臓や器官に、あたかも迷走するように広く複雑に分布しています。その機能は、声帯、心臓、呼吸、胃、腸、肝臓、すい臓などの運動、また、消化液やホルモンなどの分泌をコントロールすることです。

脳と腸は主にその迷走神経がつないでいます。つまり、「脳腸回線の軸は迷走神経である」と言えるのです。

■腸は内線と外線を巧みに使う

迷走神経の分布からわかるように、本社である脳は複数の支社となる臓器を管理しています。もし自分が本社なら、「心臓や肺」と「胃や腸」のどちらかに指令を出す場合は、どちらを優先するでしょうか。生命維持にはどちらも重要ですが、数秒の遅れが命に関わる「心臓や肺」に比べれば、「胃や腸」は後回しになりがちではないでしょうか。

脳から指示が届かなければ、腸の業務は滞ります。前回に述べたとおり、腸は体の中でも大きな支社であり、その仕事は多岐にわたります。そのため、腸は副交感神経として働く迷走神経と交感神経の「脳腸回線」と、それに加えて、脳の指令がなくても現場で自主的に動く独自の内線の「腸管神経系」を備えているわけです。

逆に、内線(腸管神経系)で仕事が回っているのに、なぜ本社との外線も持ち続ける必要があるのでしょうか。

残念ながら、内線だけではほかの支社(臓器)と足並みをそろえることができないからです。生命維持だけならともかく、複雑な環境で生きるためには、腸管神経系だけでは完結できないことがしばしば起きるのです。

そのため、腸は、内線電話と外線電話の両方を巧みに使っているわけです。

■排便時の脳腸回線の働き

脳腸回線が生活に欠かせない理由を、排便の過程から考えてみましょう。

まず、便は腸管神経系の働きである蠕動運動によって、大腸の一部で肛門のすぐ上の「直腸」まで運ばれます。ただし、運ばれてくるたびに少量ずつ排便するのは効率が悪いので、一定の量に達してからまとめて出すことになっています。そのため、便が勝手に出て行かないようにと、肛門には2つの筋肉の「内肛門括約筋」と「外肛門括約筋」が備わって調整しています。

図2を見てください。直腸に便がたまってくるとその壁が引き延ばされ、刺激が副交感神経を通してせき髄の「排便中枢(ちゅうすう)」に伝わります。

この副交感神経は迷走神経ではなく、「骨盤内臓神経」という別の神経です。排便中枢は、排便を促す指示を直腸に出して蠕動運動を起こすと同時に、脳に「出してもいい?」とお伺いを立てます。

すると、この指示は再度、骨盤内臓神経を通じ、直腸の壁を縮めて便を絞り出すとともに、肛門の内側の筋肉(内肛門括約筋)をゆるめます。これで排便の準備が整います。

ところが、排便中枢はほぼマニュアル通りに指示をするので、そこがトイレであろうと、電車の中であろうと、人込みであろうと気にしません。このため、排便中枢の指示のみに従うと、ヒトはオムツ生活を強いられることになります。

そうした状況を避けるための判断をするのが脳です。排便中枢からのお伺いが「便意」として届くと、脳は「いま排便するかどうか」を決定します。決まると、肛門の外側の筋肉(外肛門括約筋)をゆるめる指示が脳から出されます。この外肛門括約筋は、意識的に排便を調節することができるのです。

同時にこの指示はほかの臓器にもおよび、横隔膜や腹筋が縮んだり、いきんだりすることで便を出します。

このように排便というアクションでは、腸管神経系と脳とせき髄、そしてそれをつなぐ脳腸回線が非常に上手く機能していることがわかります。

図2 排便と脳の指示 


直腸に便がたまった刺激が排便中枢に伝わる(青の点線)と、反射的(赤の点線)に直腸に蠕動運動が起こり、同時に内肛門括約筋がゆるみます。さらに排便してもいいかという脳へのお伺い(青の直線)が、せき髄から脳の視床下部、大脳皮質の順に伝わり、脳から「排便OK、外肛門括約筋をゆるめるよ」という指示がある(緑の直線)と排便に至ります。この伝達がうまくいかないと、便秘や便失禁の原因になります。画像:菊池志乃(転載禁止)

■神経伝達物質がオペレーターの役割を担う

先ほど、脳腸回線を固定電話でつなぐ回線に例えました。電話では、相手のどの部署にかけるべきかわからない場合や、話し中でつながらないといったことが起こります。その状況を整理し、順番に、適切な場所につないでくれるのがオペレーターです。

脳腸回線のほか、脳から多くの各臓器に分布する迷走神経は、1本の神経でつながっているわけではありません。実は、途中で別の神経に乗り換えています。この乗り換えを手伝うオペレーターの役割を担うのが、「アセチルコリン」という「神経伝達物質」(モノアミン)です。

神経伝達物質とはその名の通り、神経細胞の末端から放出されて次の神経細胞に伝わり、体じゅうに運ばれる化学物質のことです。ほかに「ノルアドレナリン」「セロトニン」「ドパミン」などが神経の種類ごとに使い分けられています。

ただ、電話をかける人が集中すると、「オペレーターにつながりにくくなっております」とアナウンスされることもあります。しかたなく、音声ガイダンスに従って操作したけれども、目的とは異なる部署につながったという経験はありませんか。

同じように、オペレーターに相当する神経伝達物質に何らかの障害が発生すると、本社(脳)と支社(腸)間で情報伝達がうまくいかなくなり、排便が困難になる可能性があります。

その場合は、いまどき固定電話しかない会社はありえないように、脳と腸の情報伝達手段の方法はほかにもあります。そこで次回は、別の伝達手段のひとつの「ホルモンによるネットワーク」について紹介します。

構成:阪河朝美/ユンブル

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脳腸相関

「腸は第二の脳」という言葉が知られてきたが、最近の研究でそのメカニズムが医学的に説明できるようになってきた。そのエビデンスをもとに、ストレス関連消化管疾患の治療に、精神神経系疾患のうつ病や不安障害ケアの心理療法「認知行動療法」を取り入れる治療が始まっている。同治療法の研究者である消化器病専門医の著者によるこの研究成果と治療法、セルフケア法を一般に分かりやすく伝える。

プロフィール

菊池志乃

菊池志乃

きくち・しの 名古屋市立大学大学院医学研究科共同研究教育センター助教。京都大学大学院医学研究科・健康増進・行動学分野・客員研究員。医学博士。消化器病専門医。消化器内視鏡専門医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。高知大学・医学部医学科卒。岸和田徳洲会病院、天理よろづ相談所病院、高槻赤十字病院、京都大学医学部付属病院、京都大学大学院医学研究科特定助教を歴任。専門は過敏性腸症候群と認知行動療法。2022年、日本初の過敏性腸症候群に対する集団認知行動療法の大規模ランダム化比較試験を実施し、有効性を報告した。現在、名古屋市立大学にて過敏性腸症候群の臨床試験を実施中(https://suciri.localinfo.jp/)。

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