韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第2回

韓国人が考える、「大人の責任」 ドラマ『未成年裁判』とそのベースとなった現実の事件

伊東順子

ドラマのベースとなった5つの事件

 

 韓国の人にとっては、思い当たる事件ばかりだ。「仁川小学生殺害事件」、「淑明女子高校試験用紙流出事件」、「陽川区中学生レンタカー窃盗追突事件」、「龍仁市アパートレンガ投下死亡事件」、さらに「仁川女子中学生集団性暴行」等、その他にも様々な少年事件をもとに物語が再構成されている。

 なかでも第1話のベースとなっている「仁川小学生殺人事件」は、その犯行の残虐性と動機の不鮮明さ、また年齢による量刑の違いなどで、韓国社会全体に大きな波紋を投げかけた事件だった。

 今からちょうど5年前、2017年3月29日に事件は起きた。仁川市の新興アパート団地に住む小学校2年生の女子児童が、午後になっても家に帰ってこなかった。母親の通報を受けて、警察と近隣住民の協力による一斉捜査が開始された。団地内の監視カメラから児童の足どりが明らかになると、警察はそのカメラが設置されたアパートを一斉捜索。屋上の給水タンクから遺体が、一部破損した状態で発見された。

 また監視カメラには「児童を連れた中年女性の姿」が映っていたため、警察は同じアパートに住む住民が犯人の可能性があると考えた。ところが驚くべきことに逮捕された容疑者は、当初の見立てとは異なる17歳の少女Aだった。

 警察の取り調べで判明したのは、Aが母親の服を着て犯行を行ったことだった。つまり、それは「中年女性のふり」をするという偽装工作に他ならない。また遺体処置の周到さなどからも、犯行は偶発的なものではなく、緻密に計画されたものであることは明らかだった。

 しかし動機が不明だった。身代金目当てでも性犯罪でもない児童誘拐事件。小さな子どもを持つ親たちは戦慄した。いったい何が目的だったのか? 

 翌30日からは、テレビ等でも連日の報道が続いた。Aは事件について「記憶にない」という証言を繰り返していたが、警察の捜査では児童の下校時間を検索した形跡などが発見されており、また共犯者の存在も浮上していた。

 その「共犯者B」が逮捕されたのは、事件から10日後の4月8日。驚くべきことに、その「共犯者」もまた19歳の未成年の少女だった。犯罪の緻密さから「大人の共犯者」を予想していた人々にさらに衝撃を与えたのは、事件当日の夜にBはAから切り取った遺体の一部を受け取っていたという事実だった。ただしBは「Aから紙封筒を渡されたのは間違いないが、その中身については知らなかった」と供述していた。

 当時の警察発表によれば、二人は事件の1ヶ月ほど前にSNSを通じて知り合い、何度が直接会っていたともいう。そこで二人は犯行を共謀したとされていた。

 

事件の判決が起こした波紋

 

 ドラマの内容はかなり改編されているが、ここでは実際の事件について、もう少し書いておきたいと思う。

 当時のニュース記事などを見直してみると、事件直後からすでに「少年法」についての言及がされていたのがわかる。Aが検察送致となった4月4日のKBSニュースは、送致理由となった容疑を述べた後に、次のような一言を加えている。

 「ただし、未成年者のAは少年法が適用されるため、懲役は最大で20年まで」

 ドラマにもあったように、「厳罰を求める世論」は当時から相当強かった。メディアでは少年法改定問題が取り上げられ、賛否を巡る議論が燃え上がったのだが、たしかに半年後に仁川地方裁判所が出した判決は「異様」ではあった。

 主犯のAには懲役20年、共犯のBには無期懲役。

 実行犯である主犯Aよりも、共犯Bのほうが刑が重いって、なぜ? Bは共謀の嫌疑だけで、当時の犯行には加わっていないのに? 視聴者の当然の疑問に対して、ニュースではイラスト付きの解説が用意されていた。インタビューに応じた担当判事の語りは、実にあっさりしたものだった。

「二人とも少年法の適用をうけますが、Aは18歳未満であるために死刑や無形懲役には処されずに懲役刑になり、Bは18歳以上であったために無期懲役となりました」(2017年9月22日、KBSニュース)

 17歳と19歳。いずれも未成年であり「少年法」の対象となるが、18歳を区切りにその処罰が大きく違っている。それが法律というものなのだろうが、主犯と共犯で逆転してしまった量刑はやはり不自然だった。そもそもBは共謀を否定しており、判決には不服ということで即刻控訴した。また数日後にはAも「犯行当時は心身微弱状態であった」として控訴している。

 翌年4月の控訴審では、「Bに犯行を指示された」というAの供述が否定されて、高裁はAの単独犯行と判断。共犯者でなくなったBは殺人幇助の罪で懲役13年。Aは「心身微弱状態だった」という主張をしたが認められず、判決は一審と同じく年齢での最高刑である懲役20年のままとなった。最高裁の結論も同じく、2018年9月に二人の刑は確定した。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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