韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第2回

韓国人が考える、「大人の責任」 ドラマ『未成年裁判』とそのベースとなった現実の事件

伊東順子

少年法をめぐる議論

 

 ネタバレになるのでドラマのあらすじは詳しく書かないが、すでに視聴済みの人はドラマと実際の事件の違いがわかるだろう。まずは加害者と被害者の年齢や性別が違う。ドラマで登場する容疑者は13歳の少年と17歳の少女であり、実話よりも下の年齢設定になっている。

 この年齢設定には意味がある。同じ未成年者でも14歳未満の場合は刑事責任年齢に達していないため、さらに「少年法の矛盾」が浮き彫りになる。ドラマの中でも説明されているが、14歳未満の「触法少年」は犯罪者として処罰されず保護処分の対象となるからだ。

 「誘拐に殺人、死体損壊に死体遺棄。だが犯人は触法少年だ。少年法の最長量刑20年でも非難されるのに、少年院に2年収容が精いっぱいだ。満14歳未満という理由で」

 ドラマ内でのカン部長判事のこの発言は、前述したように近年の韓国では、少年犯罪への厳罰化を求める声が大きいことを示している。とりわけ被害者の立場からすれば、年齢だけを理由に凶悪な加害者が「保護の対象になる」というのは納得し難いだろう。それでもやはり少年たちの更生を願う裁判官たちは苦悩する。日本でも長年にわたって議論されているテーマである。

 ところで驚いたのは、この少年役を演じているのが、実は27歳の女優であるということだ。それに関する記事を読むまでは、まったく気づかなかった。冷めた笑いを浮かべる13歳の非行少年役のとてつもない演技力、大女優キム・ヘスも絶賛したと、韓国のニュース記事になっていた。

 話がそれたが、『未成年裁判』はこれまでに作られた実話ベースのドラマとはかなり趣が違う。多くの作品はドラマ化される際に、過剰な脚色が足し算式に盛り込まれることが多いのだが、このドラマは逆である。ベースになっている実話よりも、むしろ引き算でシンプルにしてある。

 たとえば『仁川小学生殺害事件』は非常に猟奇的な側面もあり、少女Aが参加していたインターネット上の創作サイトの問題などに言及する人も少なくない。だが、ドラマはあえてそこには踏み込もうとはしない。犯罪者の心の闇や、あるいはネット社会の闇といった、エンタメ作品が好みそうなテーマで視聴者を誘うことはしなかった。他の事件についても同様である。

 また、最近の韓国ドラマのようなスリリングな展開や、何度もどんでん返しがされるような複雑な伏線もつくらない。サスペンスものを期待した人には物足りないかもしれない。にもかかわらず、全10回を一気に見せるほどのパワーをもっているのはすごいなと思う。やはり大女優キム・ヘスの大立ち回りの効果だろうか。

 ヒューマンドラマとしては韓国独特の細やかさもあり、見ていて胸がいっぱいになるシーンもある。たとえば第一話で登場する被害者の少年が使っていた弁当箱は、韓国の幼稚園などで使う定番の形である。また、トルチャンチに使った長寿の糸がお古だった話なども、韓国の母親たちには訴えるものがあるだろう。韓国では生まれてから満1歳の誕生日にトルチャンチという祝いの宴をもつのだが、その時に子どもの将来を占う儀式がある。赤ちゃんの目の前に置かれるペンは財、お金は富、糸は長寿。その時に自分の子どもが何をつかんだか、母親はずっと忘れないのである。

 監督か原作者もこのドラマはホームドラマだという言い方をしている。犯罪に手を染めてしまう子どもたちの家庭環境や親たちの後悔。見ていてやりきれないのは、本当に気の毒な環境の子どもたちがいることだ。やはり未成年の犯罪者には更生の機会が与えられるのが当然という思いを強くする。

 

日韓の法律用語──韓国の原題は『少年審判』だが

 

 ところで、日本語版のタイトルはなぜ『未成年裁判』になったのだろう。

 「日本でも少年審判は少年審判なのにね」

 法律に近いところで仕事をしている友人に言われて、それは確かにそうだと思った。それに「少年審判」という言葉は、元はと言えば日本で生まれた言葉である。韓国と日本の法制度は両国の歴史的な関係もあって重なる部分が多く、法律用語なども同じ意味の「漢字語」が頻繁に使われている。

 漢字語とは「漢字での表記が可能な韓国語」であり、たとえば判事、検事、弁護士などは全て漢字語である。それに対して、ハングルでしか書けない純韓国語もある。日本語も漢語と和語があるので、そこはよく似ている。例えば食事(シクサ・しょくじ)は漢字語であり、パブ(밥=めし)は漢字語ではない。韓国の漢字語は中国語などに比べても日本語と共通するものが多く、韓国語学習者は漢字の韓国語発音を覚えてしまうと、習得のスピードが早まる。

 日韓両国の言葉に共通する漢字語が多いのは、隣国としての長い交流に加え、近代においては日本の植民地支配の影響が大きい。とりわけ法制度に関しては、日本の支配から解放された後の韓国においても、初期の政権は植民地時代の古い法制度をそのまま利用した。たとえば2005年の民法改正で廃止となった戸主制なども、日本では戦後すぐに廃止されたものが、韓国でむしろ長く使用されたりした。民法だけでなく刑法の姦通罪や堕胎罪なども同様だった。

 「少年法」についても日韓には共通する部分が多く、その改正問題に関しても同じような議論が起きている。だからドラマ『未成年裁判』は日本でも十分にリアリティをもって見ることができるし、登場する法律用語の解説もそのまま理解しても差し支えのないものが多い。代表的なのが「触法少年」、「虞犯少年」、そして韓国語タイトルとなった「少年審判」といった言葉である。聞き慣れないのは韓国人も同様であり、だから解説字幕付きとなっている。また、法律用語ではないが、ドラマの中に登場する「援助交際(ウォンジョキョジェ)」という言葉も日韓ほぼ同じ意味で使われている。

 一方で、日韓で異なる単語を使う場合もある。裁判所は韓国で「法院」が正式だし、ドラマに何度も登場する少年鑑別所も、韓国では「少年分類審査院」という。またドラマの主役判事の決めセリフである「私は非行少年を憎みます」も、元の韓国語では「私は少年犯を憎みます」となっている。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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