韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第2回

韓国人が考える、「大人の責任」 ドラマ『未成年裁判』とそのベースとなった現実の事件

伊東順子

韓国人が考える、「大人の責任」

 

 文脈からしても不自然である。ところが、さまざまな韓国メディアはこの台詞を「俳優と制作陣が視聴者に伝えたい言葉」として取り上げており、ドラマの核心部分のようにも語られている。つまり判事という職責以前に、「大人」としてどうあるべきかが重要なのである。

 そんな韓国の大人が、みんなで泣いて謝罪するのを目撃したことがある。2015年4月の「セウォル号沈没事故」の時のことだ。250名余りの高校生の命が奪われた事件。ソウル市庁前に掲げられた「ごめんなさい」という巨大な横断幕に外国人は驚いたが、追悼会場でインタビューに応じる弔問者たちは皆、「大人として、高校生たちに申し訳ない」と語っていた。

 韓国で暮らしていると、そんな「大人としての責任」という意識に遭遇することが多々ある。また韓国文学などにもそれを感じることがあり、友人で翻訳家の斎藤真理子さんともよくそんな話をする。たとえば斎藤さんは短編集『まだまだという言葉』(河出書房新社)の訳者あとがきで、著者であるクォン・ヨソンについて次のように書いている。

 「本書では、大人たちの大人げなさと若者たちの荷の重さの対照も切実だ。「爪」「向こう」「友達」と若い世代の絶望を淡々と描く筆致には、作家の大人としての責任感がにじんでいる」

 日本だと「大人の責任」という言葉はあまり聞かない。たとえば少年事件などについても、親の責任、教師の責任、本人の責任、あるいは社会の責任という言葉はよく使われるが、「大人」という大きな括りはあまり聞かない。

 日韓では何が違うのか。ヒントのようなものが、ドラマの別の場面にある。第4話でシム判事が、荒れた暮らしで傷ついた少女に向かって言う台詞だ。

 「大人に口答えせず、タメグチも使わないこと」「(大人を見たら)自分から挨拶をする」「笑えない毎日でも笑顔で過ごす。それで運も開ける」

 実際に暮らしてみるとわかるのだが、韓国では年齢による言葉使いは非常に厳格だ。日本も敬語のある国だし、目上の人には丁寧語を使うのがマナーとなっているが、韓国に比べたらかなりゆるい。

 

韓国社会は大きな家族である

 

 挨拶もそうだ。子どもは大人にきちんと挨拶をしなければいけない。マンションの敷地で近所の子どもたちに会えば、彼らは立ち止まって大きな声で「アンニョンハセヨ」と言い頭を下げる。それが小さい頃から教えられる大切なマナーだ。日本だったら「人にぶつかったら謝れ」とか「何かをしてもらったらお礼を言え」というようなことだろうか。韓国では言葉遣いが正しく、きちんと挨拶のできる子どもは、家庭教育の行き届いた子だとみなされる。子どもに敬語を覚えさせるために、赤ん坊や幼児に向かって敬語を使う母親もいるほどだ。

 判事がわざわざそれを教えるというのは、親がそれをしなかったから。その子の家庭が壊れていたら、他の大人がそれをしなければいけない。韓国の共同体は大きな家族であり、大人たちみんなで子どもたちの育てるのである。

 このドラマを見て改めて思い出したのは、「長幼の序」という儒教の教えだ。つまり子どもは大人を敬い、大人は子どもを慈しむ。そうすることでコミュニティの秩序は守られる。だから少年裁判で判事は感情を無にしてはいけないのだ。愛情をもって、叱ってやらなければいけないのである。

 実はこのテーマでドラマ『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』という作品も取り上げようと思っていた。韓国人の友人たちにオススメを聞くと、必ずあがってくるドラマなのだが、それもやはり「大人の責任」への共感だと思う。

 自分たちだって大人になりきれていない困った男たちの物語なのだが、そんな彼らでもやはり「大人」にふさわしい行動をしたいと願っている。『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』は、その他の韓国カルチャーを知るためにも重要な作品なので、また筆を改めて書きたいと思う。

 

 

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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