ガザの声を聴け! 第36回

ガザ、崩壊寸前

清田明宏
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また、重傷の患者が来た。

 

26歳男性。腹部を撃たれ、開腹手術をし、人工肛門をつけていた。自力では歩けず、父親と兄弟に両方から支えられて、クリニックに入ってきた。非常にやせ細っており、力がない。痛々しい。傷の処理をするためベッドを移動するたびに、涙を流しながら、うめき声をあげる。

 

手術した腹部の縫合部は治っているのだが、「痛くてご飯が食べられない」と本人が苦しそうに話す。一緒に来た兄も、弟がどんどんやせていると、心配そうに話す。明らかに順調な回復ではなく、クリニックで対応できる状態ではない。

 

クリニックの医師も再入院が必要だと、家族に伝える。私もそう思った。以前入院した病院に緊急に電話したところ、病院側は直ぐ再入院させると同意してくれた。一安心して、家族にそれを伝えた。

 

すると、再入院を家族が拒絶したのだ。

 

「病院には行きたくない」

 

その理由を聞いた。

 

「入院に必要な金がない。すでに2000ドル使っていて、もう金がない」と父親が話す。

 

治療は保健省の公立病院で受けた。公立病院では、初診料を払うと、通常はあとの医療費はいらない。薬剤もわずかな支払いで手に入る。ただ、彼の場合非常に複雑で重篤な状態だったので、通常の検査に加え様々な専門的な検査が必要となり、また薬剤も必要だった。そのため、全額自費払いになる私立病院で薬剤の購入、検査をやったとのことだ。

 

ガザにも公的医療保険はあり、そのため公立病院での自費払いの額はかぎられている。私立病院ではそれが通用しない。全額自費になる。そして、長年の経済封鎖と様々な政治的理由で、ガザの公立医療機関では、薬剤が枯渇し、検査機器が故障していることが多い。この患者のように自費で薬品・検査費を払う必要も生じている。

 

彼の父親が続ける。

 

「持っている金は全て使い、色々な人に借金している。もう病院に行く余力はない」

 

そう話しながら、父親は泣き崩れた。返す言葉が見つからず、皆、うなだれている。

 

デモが終わった後、その地域は平静になる。国境沿いも静かになる。ガザの街もだ。しかしこのとき、強く感じた。デモが終わっても何も終わらないのだ。皆の苦痛が、新たな苦痛が始まるのだ。実は終わりではない、苦悩の始まりなのだ。

 

クリニックの関係者が色々な病院に当たり、最終的にヨルダン政府がガザに開いているヨルダンの病院が受け入れてくれることになった。入院・治療費全て無料だ。我々にできる精一杯のサポートだ。

 

この日は10人以上の負傷者が治療に来た。診た患者の少なくとも3分の1は我々のクリニックで対処できる患者ではない。腹部手術をした患者、銃弾で腹部の皮膚がえぐられ、まだ傷口が開いたままの患者もいた。

 

病院はもっと重傷で、手術・再手術が必要な患者の対応に追われている。通常対応できる患者の数倍、あるいは数十倍の患者がそこにはいるのだ。そして、もし新たなデモが起こると、もっと多くの、おそらく重傷の患者が運ばれてくる。病院も手一杯なのだ。

 

UNRWA「ウンルワ」のクリニックでの治療・薬は無料だ。毎日交換が必要な包帯、傷口につける薬も無料で提供される。歴史も古いことから住民の信頼も厚い。保健省等の公立医療機関では薬剤の枯渇が続いており、私立医療機関では自費払いだ。経済が崩壊しているガザでは、貧困が蔓延している。薬代・包帯代も払えない患者・家族が多い。UNRWA「ウンルワ」のクリニックが果たす役割は大きい。

 

そのためには、処置室の改善・拡大が必要だと皆で話した。看護師一人では足らない。最低もう一人いる。処置室も、負傷者用と、それ以外の患者用に別にする必要がある。処置に時間と場所が必要であり、また、患者のプライバシーも大事だ。そして、院内感染が起きないような対策が必要だ。早急に対策を立て、そのための新たな資金を探さなければならない、と皆で話した。

 

次に大事なのは負傷者のリハビリだ。訪問したクリニックには理学療法室があり、3人の理学療法士が働いている。通常は病気、怪我による障害の理学療法を行なっている。そこにもデモに参加し、銃撃による障害を負った3人の患者が通っていた。そのうちの一人に会った。右足の膝を撃たれていた。幸い傷は重くなく、骨にも異常はないが、膝が痛く曲がらない。そのために理学療法室に通っている。

 

理学療法士から話を聞くと、他の二人の患者も、同じように軽傷だそうだ。少しホッとする。しかし、理学療法が必要な患者は今後増えていく。特に重傷の患者は、まだ病院にいる。膝から下等、手足の一部を切断した患者も今後増えると懸念されている。そのような患者は、まだUNRWA「ウンルワ」のクリニックには来ていない。

 

ガザにある22のクリニックのうち、11の施設に理学療法室がある。その歴史は古く、1987年の、いわゆる第一次インティファーダのときから始まっている。経験もあり、設備もある程度整っている。正直、公立医療機関よりも理学療法の設備は数・質とも良い、という話だ。

 

理学療法士は、今後もデモに参加した負傷者のケアをしていきたいと言う。UNRWA「ウンルワ」職員の使命感はとても強い。ただ、今の理学療法室は予約の患者でかなり埋まっており、今後患者が大量に増えた場合の対応は、現状では難しい、とのことだ。

 

ここでも、対応の強化が求められている。職員の増加、機材の購入等やるべきことは多い。でも今やらなければ、今後患者の数が増えた場合、特に重傷の患者が増えた場合は、対応できない。銃創の患者は全部で3500人いるのだ。その全てがUNRWA「ウンルワ」に来るわけではないが、かなりの数の患者が来院する可能性がある。

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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