ガザの声を聴け! 第41回

2015年5月「どうしていいかわからない」

清田明宏
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次にシリアを訪問したのは2015年の5月、1週間の訪問だった。訪問中、ダマスカス市内のUNRWA「ウンルワ」のクリニックや市内に開設されているパレスチナ難民の避難所を訪ねた。内戦は依然非常に激しく、パレスチナ難民も戦火を逃れるため、多くが国内避難民になっていた。シリア国内に残った約40万人のパレスチナ難民の殆どが、UNRWA「ウンルワ」の資金・食料援助で生き延びていた。クリニックも診療は続けていたが、治安の悪化で継続した治療ができない場合が多々あった。

 

そして、ヤルムークキャンプは遮断されたままで、約1万8000人のパレスチナ難民がヤルムークに取り残されていた。UNRWA「ウンルワ」は国連・政府関係者と協議を重ね、ヤルムークに隣接するヤルダという地区で医療活動と食料配給を始めていた。ただ、紛争は続いており、治安上安全と判断され、国連・政府関係機関から移動の許可が出る日しかヤルダに赴くことはできなかった。

 

その活動に同行することができた。ヤルダはヤルムークの隣に位置する。ヤルムークからとても近い。場所によっては徒歩十数分の距離だ。ヤルムークに取り残された人にとって、とても大事な医療行為だ。

 

シリア事務所は、すでに10台近い車が出発の準備をしていた。防弾使用の四輪駆動車がずらりと並んでいる。移動用歯科治療車もある。車には配布する食料や使用する薬剤が多く積まれている。直前まで治安状況が悪く、ヤルダ行きは中断しており、訪問は数週間ぶりだそうで、皆の士気は高い。ヤルムークに取り残された人々の命を守るために医療行為と食料配給、その重要性を認識していた。

 

出発の前日、UNRWA「ウンルワ」事務所内にある食料の倉庫に寄ると、多くの職員がダンボール箱に食料を詰める作業をしていた。寸暇を惜しんで仕事をしていた。シリアのUNRWA「ウンルワ」職員もそのほとんどがパレスチナ難民だ。彼らの多くが内戦でヤルムークから避難しており、それと同時に彼らの殆どは身内・親戚の誰かがヤルムークに取り残されている。ヤルムークに残された人の話は、他人事ではない。自分の身内のことなのだ。話を聞くと、携帯電話はつながらないことが多いが、通常の電話は機能しており、ヤルムークに残された身内と連絡を取り合っているとのことだ。

 

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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2015年5月「どうしていいかわからない」

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