ガザの声を聴け! 第42回

2017年4月「家の一つ一つの石には歴史があるのだ」

清田明宏
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翌日、アレッポ市内に開設されたパレスチナ難民の避難所を訪問した。アレッポ大学には複数の学生寮があり、それが国内避難民の避難所になっている。そのうちの一つがパレスチナ難民の避難所となっていた。その寮の1階にUNRWA「ウンルワ」の臨時クリニックが開設されており、医師と看護師が働いている。診察治療用の基本的な機材と薬剤がおいてあり、避難所の人々にとっては非常に便利だ。

 

彼らに案内してもらって寮内を見せてもらった。5階建ての寮で、六畳一間の広さの部屋が続いており、各階に共同のトイレとシャワーがある。典型的な学生寮の作りだ。その一つの部屋がひと家族に割り振られていた。

 

この避難所にいるのはアレッポ北部のアインタルキャンプから避難してきた人々だ。内戦初期の2012年にこのキャンプを反政府側が支配したため、多くのパレスチナ難民が避難した。その人々がこの寮にいる。

 

案内してもらいながら廊下で会った人々や部屋にいる人々に話を聞いてみた。そしてあることに非常に驚いた。それは、圧倒的な老人の多さであった。部屋にいる人、廊下で会う人、その殆どが老人であった。それも慢性の生活習慣病に苦しむ人がとても多かった。車椅子で移動している人もいた。

 

避難所を訪問したのは午後1時過ぎであったので、若い人は仕事等で外出しているのかと思った。しかし聞いてみるとそうではなかった。

 

2012年から続く長い避難生活で、若者の多くは避難所を出た。シリア国内の都市に移動したり、シリア国外に避難したりした人も少なくないとのことだ。

 

ただ、老人は行くあてがない。仕事もないので、避難所を出ると生活の術がない。慢性の生活習慣病で障害がある場合は、なおさら出にくい。避難所には同じ建物の1階に診療所があるが、外に出るとそれもない。同じキャンプから避難してきた多くの老人が一緒に暮らしている。夫婦のどちらかが死亡し、独り身も多い。ここならお互い助け合いながら生きていける。

 

その中に住んでいるある父親と娘の家族に出会った。父親は70代後半、娘は50代、二人ともとても老けて見える。最初は夫婦かと思ったほどだ。彼らは、六畳一間の1室に2012年から5年、住み続けている。父親は糖尿病があり、足腰が悪く、ベッドに座ったままだ。娘さんも糖尿病だった。二人とも肥満度が高い。

 

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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2017年4月「家の一つ一つの石には歴史があるのだ」

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