人種とジェンダー――二つの差別を押さえつけた存在
米国に住んでいると、「黒人」を嫌う人がどれほどいて、公民権運動の後も黒人がどれほどの困難に置かれてきたか目撃し、痛感する。
就任式後にカマラ・ハリスがホワイトハウスへと向かうパレードの途中で車から降りた際、「どうか狙撃されないでくれ」と願った人々がどれほどいたことか。それは、同じアベニューで、バラク・オバマ元大統領がミシェル夫人とともに車を降りて笑顔で歩いた時もそうだった。
テレビで観ていた支持者は、専用車から降りてくれたことを歓迎しながらも、車に戻るまで生きていてくれることを頭の片隅で祈っていたのは間違いない。2020年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドは、白人警官の膝の下で息絶えたが、たとえ大統領、副大統領であっても、黒人であれば虫けらのように殺害される可能性を人々は知っている。
そしてハリスは女性でもある。2016年の大統領選挙で、ヒラリー・クリントン元国務長官が、女性であることを理由にいかに不当な扱いを受けたことか。「ホワイト・マン・アメリカ」を守りたいがために、ドナルド・トランプ前大統領に投票した人がどれほどいたことか。白人女性でさえ、57%がトランプに票を投じている。
ハリスは、黒人で女性という蠢く「アメリカ人のDNAに根ざした凶暴な双子」(ワシントン・ポスト紙)、つまり人種差別とジェンダー差別の二つを押さえつけた存在だ。
初の黒人女性副大統領カマラ・ハリスは1月20日、歴史的な宣誓式をもリードした。それは同時に、彼女の最初の執務でもあった。ハリスが副大統領となったことで空席となったカリフォルニア州選出上院議員の議席を引き継いだアレックス・パディラは、同州で初のヒスパニック系上院議員。ジョージア州上院選の決選投票で当選したジョン・オソフは、初のミレニアル上院議員。そして同じくラファエル・ウォーノックは、同州初の黒人上院議員となる。この「初」づくしの3人の宣誓を、ハリスが執行したのだ。
ハリスの存在と、各州において各人種・世代から初の上院議員が誕生しているのは、「ポスト・トランプ」のツァイトガイスト(時代を象徴する潮流)になるのだろうか。それは、ハリスの今後にかかっていると言ってもおかしくない。
トランプ政権のもと、白人至上主義や人種差別、女性差別が、大統領自身の発言やツイートで公然と肯定された。2021年1月6日には、トランプ支持の群衆が、議会民主主義の象徴である連邦議会議事堂を襲撃し、警官を含む5人が命を落とした。米国がそのトラウマをひきずっている中、ハリスが蓮の花として浮上したのだ。
蓮の花が浮上するのを支える根と土壌が深いことも、忘れてはならないと思う。
※次回は3月5日配信予定です
(バナー使用写真:vasilis asvestas / Shutterstock.com)
女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。
プロフィール
ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。