カマラ・ハリスを生んだアメリカ 第1回

黒人女性初の副大統領へと至る道

津山恵子(つやま・けいこ)

非白人や女性という「弱き者」に光をあてる

毎年2月はアメリカにおける「Black History Month(黒人歴史月間)」。量販店にも特設コーナーが

 カマラ・ハリスは黒人の大学で最高峰であるハワード大学(ワシントンD.C.)に進学。カリフォルニア大学ヘイスティングス・ロー・スクールに進み、1990年にカリフォルニア州の法曹資格を取得する試験に合格した。

 その後、サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官、連邦上院議員と、政治家としての階段を上る(注:米国では多くの州で地方検事や司法長官を選挙で選出する)。しかし、自伝で驚いたのは、「法曹界の人間がこんな分野のことまでするのか」という珍しい政策を、法が許すギリギリの範囲内で実行していったことだ。例を挙げてみよう。

 

■ 地方検事時代、麻薬など密売の初犯者に対し、高校卒業と職業訓練のコースを与えるプログラム「バック・オン・トラック(軌道に戻ろう)」を開始。再犯率を抑え、刑務所の人口を減らすためで、のちに全米の自治体が始めた。

■ 同じく地方検事時代、小中高の「不登校率」を下げるプログラムを実施。

■ 司法長官時代、2008年の金融恐慌の引き金となったサブプライム住宅ローンを組んでいた中低所得者が、差し押さえで住宅を失うのを防ぐため、大手金融機関との救済金交渉で、一州当たり20億〜40億ドルという提案を拒否し続けた。49州が手打ちをしても交渉を続け、カリフォルニア州だけが、金融機関から200億ドルのホームオーナー向け救済金を獲得することに成功した。

 

 地方検事は民事・刑事の犯罪を管轄し、州の司法長官といえば州境を超えた犯罪の訴追をするのが仕事だと思っていたが、ハリスはその固定観念を覆した。

 彼女が一風変わった大胆な政策を打ち出した根底に流れる熱い願望は、弱者、特に「非白人」と「女性」を救済することだ。

 不登校率を引き下げるプログラムは、主に非白人、特に非白人の落第生が犯罪に走らないようするのが狙いで、「バック・オン・トラック」も結局、多くの対象者が非白人、特に黒人とヒスパニック系だった。

 

 ハリスは、地方検事を2期務めた検事局でのキャリアで「プログレッシブ検事」を目指していた。

「プログレッシブ検事の仕事は、見過ごされている人々を探し出すこと、声を聞いてもらえない人の代わりに声を上げること、犯罪がなぜ起きたのか原因について調べ対処すること、そして、不正義に繋がる不平等と不公正に光をあてること」(自伝より)。

 彼女はまさにこの強い特定の願望を満たすため「オタク」(ワシントン・ポスト紙)のように政治家としての仕事をした。

 「女性」も彼女のテーマだ。サブプライムローン問題では、せっかく住宅を手にしたシングルマザーや高齢な女性の心配をしている。司法長官でありながら、アポなしで涙ながらに面会に来た女性らに会い 、支援を示した。

 同じく司法長官時代、カリフォルニア州南部がメキシコと国境を接していることを理由に、メキシコの南側にあるホンジュラスなど3カ国からの難民と難民の子供の問題に取り組んだ。難民が送還されれば、女性は暴行されるか殺害され、子供は人身売買のループにはまり込む可能性が大きいからだ。

 ハリスは、黒人であり、さらに女性であるからこそ、これらの政策を追求してきた。「黒人」で「女性」というのは、米国の人種カースト制度の中で最底辺として扱われてきたからだ。その底上げがどれほど必要かも認識していた。

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第2回 
カマラ・ハリスを生んだアメリカ

女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。

プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。

 
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黒人女性初の副大統領へと至る道

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