ニッポン巡礼 Web版⑦

ロマン漂う未踏の島へ

東京都・青ヶ島【前編】
アレックス・カー

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オアフ島を想起させる展望台からの絶景

 

 船着き場で車に乗り換えて、崖伝いの険しい道を抜けると、ようやく島の内部に入ることができます。さらにカルデラ地形に沿って、樹木の茂った山道をしばらく上り下りすると、高台に着きます。島北部に位置するこの場所には、「休(やす)戸(んど)郷(ごう)」と「西郷(にしごう)」という二つの集落があり、人口百七十人あまりという島民の、ほとんどの人たちが、ここで暮らしています。

 村長さんの奥さんが経営する宿、「あおがしま屋」に荷物を置いた後、近くの傾斜地へ案内されました。北向きの斜面全体が濃い緑色に染まっているこの場所は、フェリー上から見えましたが、その時は何か分かりませんでした。近くで見ると、なだらかな斜面全体にコンクリートが敷かれ、その上に緑色のペンキが塗られています。ここは斜面を伝った雨水を貯水庫に貯める、簡易水道施設だったのです。小さな孤島では水不足が何より深刻な問題となります。しかも青ヶ島には河川がありません。ゆえに、ここは青ヶ島にとって最も重要な施設といえるでしょう。

簡易水道施設

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから五分ほど歩いて登ったところに、展望台がありました。

ハワイのオアフ島には、有名な景勝地のヌウアヌパリ・ルックアウトがあります。ズドンと真下に突き抜けるヌウアヌパリという急峻な崖が、湾に向かって曲線を描く場所です。車で接近する間は何も見えませんが、ルックアウトに着いた途端、文字通り視界が開けて、眼下の地形が一望できるのです。遠方にはオアフ島の峰々があり、その麓からは海が広がっています。

 青ヶ島の、二重カルデラの外側にある展望台も、ここから島全体を劇的に見渡すことができます。足元の急峻な崖から島の中央へ目を向けると、第二のカルデラである「丸山」が目に入ってきます。丸山の山肌は、この島独特の植林方法から、縦縞模様のようになっており、まるで緑のプリーツドレスを纏っているようです。

 私たちが展望台にいた時に、降っていた雨がちょうどやみ、二重カルデラの山から湧き上がった霧が、ジャングルの上をゆらゆらと漂っていました。世にも稀な絶景に、私はしばし見惚(みほ)れてしまいました。

展望台から「丸山」を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 展望台を出て丸山へ向かう道中、森の中や谷間などが、ところどころ霧でかすんでいました。「霧が出ているね……」と、つぶやいたら、「いえ、これは霧ではなく、地面から出る蒸気なのです」と、同行の方が教えてくれました。記録されている青ヶ島での直近の噴火は、江戸時代の一七八五年まで遡ります。つまり二百三十五年前ですが、丸山付近はまだ火山の脈が地面の浅い位置に残っていて、噴気孔からこのように蒸気が出てくるのです。丸山の西側斜面は、地熱で木々さえ生えず、禿山になっています。

(後編へ続く)

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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