ニッポン巡礼 Web版⑧

火山と「共生」するということ

東京都・青ヶ島【後編】

アレックス・カー
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地場産業の工場を訪ねる

 

 青ヶ島は二〇一四年に、アメリカの環境保護NGO「One Green Planet」の「死ぬまでに見るべき世界の絶景十三選」に選ばれたことで、一躍海外からの注目を集めました。海外からの観光客と同時に日本人観光客も増えましたが、この島は基本的に、大勢の観光客を受け入れる態勢がありません。本土から渡るには、まず八丈島を経由する必要があり、八丈島からのフェリーの就航率は前述の通り五割ほどです。ヘリは定員が限られ、コストも高い。おのずと島を訪れることができる人は限られます。

 現在、来島者の多くは公共事業の関係者で、島に数軒ある宿泊施設も、観光というよりは、それら業務関係の人たちに向けたつくりになっています。私たちが上陸した日も、フェリーの乗客のほとんどは、島民と作業服姿の工事関係者、あとは役場関係の人たちでした。

 今回の視察目的の一つは、島の観光資源を検討することでした。観光客の新たな受け入れ方を考える余地はありますが、現実的に考えれば観光客数を大幅に増やすことはしばらくできないでしょう。

 一般に観光といえば、お客が来て滞在することをイメージしますが、もっと広くとらえれば、その地を愛してくれる「心のコミュニティ」を育むことともいえます。

 日本で考えれば、ただ、たくさんの人が来ることを良しとするのではなく、日本の伝統や文化など、その精神性を理解し、愛着を持ってくれる人を増やすことも観光の目的の一つです。極端ですが、シャラスンキーの五十の島と同じように、人が来なくても日本を愛してくれれば、観光の効果が得られるともいえます。

 そのような観光コミュニティの形成には、地場産業が重要になってきます。たとえば、私たちはパルメザンチーズのパルマ、ボルドーワインのボルドーなどに行くことはないかもしれませんが、名前はよく知っていて、心の中では特別な場所ととらえています。つまり地方は「人」を迎え入れるだけでなく、「物」からアピールすることもできるのです。そこで、私は島の地場産業を見学させてもらうことにしました。

 最初に訪れた場所が、丸山の麓で盛んに蒸気を噴き出す「ひんぎゃ」の斜面です。ひんぎゃとは、先に記した地熱による蒸気の噴気孔のことで、「火の((きわ)」にちなんだ言葉といわれています。ひんぎゃのそばには、蒸気の熱を利用できる地熱釜が設けられ、そこでは地元の人たちに交じって、観光客が卵を茹でて食べる体験ができます。

 すぐそばに青ヶ島名物「ひんぎゃの塩」の製塩工場があります。ここで製塩職人を務めている山田アリサさんは、生まれも育ちも青ヶ島。若いころは芝居に憧れ、東京へ出て「文学座」と「こまつ座」で頑張っていましたが、母親の体調不良をきっかけに、島へ戻ってきたといいます。その時に地場産業として製塩工場の経営にかかわることを決め、ずっとこの仕事に専念しています。

「ひんぎゃの塩」は海水を塩釜に注ぎ、ひんぎゃの蒸気を使いながら、時間をかけて水分を蒸発させて作ります。工場内は気温が五十度を超えるというサウナ状態で、二十分ほどで息苦しくなります。現場を案内してもらった私は、五分が限界でした。

ひんぎゃの塩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然の蒸気で作られるこの塩は、大粒で甘みがあることが特徴です。つまんでなめてみると、まろやかな中に引きしまった辛さを感じます。山田さんが作る塩は、様々な苦労を経て、東京のグルメレストランでも重用される評判の品になりました。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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