ニッポン巡礼 Web版⑦

ロマン漂う未踏の島へ

東京都・青ヶ島【前編】
アレックス・カー

「島流しの地から観光地へ」の流れに取り残されて

 

 いうまでもなく日本は列島国で、島の数は数千にのぼり、有人島だけでも三百以上あるとされています。最近では島と聞けば、人々は主に「自然豊か」「美しい」「可愛らしい」といったイメージを思い浮かべることでしょう。しかし、昔の小さな島は生活の厳しさゆえか、「怖い」「暗い」というイメージでとらえられ、そこから「流罪(るざい)」という刑罰が生まれました。

「遠島(えんとう)」つまり島流しは、当初は天皇、武将、公家などの「政治犯」のみが対象でしたが、江戸時代からは賭博や、故意、過失にかかわらず人を殺した罪人にも適用され、各藩は領地の島々に、それらの罪人を送るようになりました。薩摩藩では奄美大島と沖縄、尾張藩は篠島(しのじま)、福岡藩は玄界島など、多くの藩で行われた島流しは、実に明治四一(一九〇八)年まで続いていたのです。

 徳川幕府の流刑地としては佐渡島が有名ですが、数でいえば天領の伊豆諸島が一番多かったようです。「八丈島歴史民俗資料館」の資料によると、江戸時代は三宅島の二千三百人を筆頭に、八丈島千九百人、大島百五十人、利島十人、新島千三百三十三人、神津島八十三人、御蔵島五十人、そして青ヶ島に六人が流されていたとされています。

 その歴史は、第二次大戦後にほぼ忘れ去られました。ほどなく八丈島は「日本のハワイ」などと呼ばれるようになり、リゾートとして持てはやされる時代が来ました。それでも遠く離れた青ヶ島

は、観光客がほとんど行かないままの状態が続いて、現在に至っています。

 東京宝島推進委員会の目的は、島嶼部の観光の可能性を探ることでした。青ヶ島の視察を依頼された時、私は年甲斐もなく大喜びをしてしまいました。そして二〇一九年一〇月、ついに青ヶ島に上陸することができたのです。

 

八丈島からフェリーで3時間。遠いがゆえに魅惑的なアプローチ

 

 ただし、簡単には行けませんでした。東京本土から青ヶ島への移動手段は、まず八丈島へ行き、そこからフェリーとヘリコプターのみですが、地理的、気象的な条件からフェリーの就航率は五十~六十%で、天気が良くても風が強ければ欠航になります。ヘリにいたっては定員九名に加え、島民の移動も兼ねるため、予約を取るだけでも至難の業です。もちろんフェリーと同様に、こちらも天候次第でキャンセルになります。

 私たち旅の一行は、羽田から飛行機で八丈島まで飛んだ後、空港から港へ移動してフェリーを待ちました。前日も前々日も欠航でしたし、当日は小雨で風もあったので、フェリーを出すのは難しそうでした。今回の視察に予備日はなく、欠航になれば帰りのヘリ予約も自動的になくなり、計画している青ヶ島取材の全行程がキャンセルとなってしまいます。待っている間はハラハラし通しでしたが、なんとか無事に出港できました。

 タヒチへ飛行機で初めて降り立った時と、ベニスのサンタ・ルチア駅から水上バスに乗ってサン・マルコ広場に向かった時を除けば、目的地へのアプローチで、こんなにワクワクと興奮したことは、私の人生の中でありません。

 フェリーは真っ平らな海をひたすら進み、出港から三時間ほどたった後、雨降りの靄がかった視界の先に、聳え立つ島の絶壁が見えてきました。海面から百メートル、ほぼ垂直に切り立った崖が島を囲んでいます。島の内部はその崖に隠れていました。

海面から垂直に切り立った崖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェリーは船着き場の近くまで就航できたとしても、波が荒ければ停泊できないことがあるそうです。委員会の関係者から聞いた話によると、彼らが数ヶ月前に来た時は、下船することができず、八丈島へ引き返したとのこと。それを聞いて、また心配になりましたが、私たちは無事に上陸できました。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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