ニッポン巡礼 Web版⑥

山に囲まれた「理想郷」

福島県・南会津【後編】

アレックス・カー
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手つかずの集落やお寺で味わう素朴な風景

 南会津に出かけるたびに、私は大内宿を起点に車で「探求旅行」へと出かけ、南は尾瀬ヶ原の(ひの)()(また)村、西は昭和村まで、この土地を広範囲にわたって見て回りました。茅葺きの町として大内宿は日本一だと思いますが、私が以前から興味を持っているのは、さらに手つかずの集落や田舎のお寺です。

 車を走らせていて気づいたことは、この一帯には赤いトタン屋根の古民家が多いことでした。それらのほとんどは、茅葺き屋根に特有の形をしています。つまり元は茅葺き屋根の古民家だったということです。南会津には大内宿が単独で存在しているのではなく、立派な茅葺き文化が全域に広がっているのです。大内宿と他の地域が違うのは、国による重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)の指定を受けているか、いないかだけですが、指定を受けていなければ、物見遊山の観光客はほとんどやって来ず、それゆえ本来の素朴な風景を味わうことができることになります。

赤いトタン屋根の古民家

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中でも特に印象に残る場所が、二つありました。一つは会津田島駅から少し西へ走ったところにある「南泉寺」という小さなお寺です。このお寺は周辺の道路を走っていた時に偶然、見つけました。雪で真っ白に染まった田園風景の中、ポツンと小さな寺の楼門が立っていたのです。周囲には、日本の田舎の風景を汚染するブルーシートや鉄塔などは見当たらず、純潔で簡素な雰囲気のままで、まさに昔の日本を描いた農村画の世界です。五月に再訪した時は、門前にある大きな枝垂桜が花を咲かせており、また別の田園ロマンを漂わせていました。
 それまで、日本で愛してやまない茅葺きの門を聞かれたら、私は京都の法然院と鹿児島県入来(いりき)町の茅葺き門と答えていました。その二つに南泉寺の門を加えれば、私にとっての「三大茅葺き門」ができあがります。田園風景の中に立つ小さな門は、素朴で可愛らしい佇まいですが、どこか淋しげに映ります。今の日本では最も脆く、あっという間に消えゆく景色です。

南泉寺の趣深い門

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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