私の書斎に離島について書かれた一冊の本があります。著者はドイツ人のユディット・シャランスキーで、『離島のポケットアトラス:私が訪れたことがない、これから訪れることもない五十の島』(Penguin Books UK)というタイトルです。
その中には太平洋、大西洋、北極海などにある世界各地の離島への航海図が載っています。島については輪郭線と簡単な地名が書かれているだけで、景色や細かな地理情報はなく、島の歴史やちょっとした逸話が二、三ページほど載っています。この本を何度も読み返しましたが、航海図のアウトラインを見るだけで想像が膨らみ、夢見心地になります。
日本にもロマン漂う島はたくさんあります。「沖ノ島」「壱岐島」「小笠原諸島」「奄美大島」「屋久島」などはその一例といえます。幸い、これまでに奄美大島や沖ノ島を巡る機会を得ましたが、訪れたことのない島はまだたくさん残っています。その中でも、ずっと心の一隅に留めていた島がありました。青ヶ島です。
人々が頭に思い描く「幻の島」が実在する
青ヶ島は東京都の「島嶼部」に属するものの、伊豆諸島の最南端に位置し、東京本土からは三百五十キロメートルも離れた離島です。緯度で見ると、和歌山県と四国を越えて、宮崎県ぐらいの場所に位置しています。数年前に初めて見た島の航空写真は衝撃的でした。

青ヶ島の航空写真(写真・アフロ)
南北、東西の距離がそれぞれ約三・五キロメートル×二・五キロメートル。面積でいうと六平方キロメートルに満たない小さな島は、周囲を断崖絶壁に囲まれています。地形は、海側を取り巻く「外輪山」と、中心側の丸山と呼ばれる「内輪山」からなる二重カルデラで構成されています。この二重カルデラの眺めは世界的にも珍しいもので、人々が頭に思い描く「幻の島」が、まさしくここにあります。
青ヶ島は交通アクセスが極めて限られることから「神のご加護がなければ辿り着けない島」と、昔からいわれ続けてきました。特別な用がない限り、簡単に行けるところではありません。シャランスキーの本に出てくる島々と同様に、私も憧れとして心の中で思い描くだけでした。
しかし二〇一七年、東京都の依頼で島嶼部を考える「東京宝島推進委員会」の委員に就任したことで、伊豆諸島との縁が開けることになり、勉強する機会ができました。
まず伊豆諸島には思っていたよりも多くの島があり、距離的にも本土からかなり離れたところまで、それらの島々が分布しています。本土側から順に「大島(伊豆大島)」「利島」「鵜渡根島」「新島」「地内島」「早島」「式根島」「神津島」「三宅島」「大野原島」「御蔵島」「藺灘波島」「八丈島」「八丈小島」と来て、八丈島から約七十キロメートル南に行くと、青ヶ島があります。各島はそれぞれ地形や気候など、特有の環境を持っています。
ちなみに小笠原諸島は、そこからはるか先まで南下した場所に位置します。上空から伊豆諸島を俯瞰すると、「海の飛び石」のように見えます。本土側から見て青ヶ島は最後の飛び石で、そこから遥か先に小笠原諸島があります。いずれの島も東京都心部からは離れていますが、車はすべて品川ナンバーです。
プロフィール

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。