ニッポン巡礼 Web版⑦

ロマン漂う未踏の島へ

東京都・青ヶ島【前編】
アレックス・カー

 私の書斎に離島について書かれた一冊の本があります。著者はドイツ人のユディット・シャランスキーで、『離島のポケットアトラス:私が訪れたことがない、これから訪れることもない五十の島』(Penguin Books UK)というタイトルです。

 その中には太平洋、大西洋、北極海などにある世界各地の離島への航海図が載っています。島については輪郭線と簡単な地名が書かれているだけで、景色や細かな地理情報はなく、島の歴史やちょっとした逸話が二、三ページほど載っています。この本を何度も読み返しましたが、航海図のアウトラインを見るだけで想像が膨らみ、夢見心地になります。

 日本にもロマン漂う島はたくさんあります。「沖ノ島」「壱岐(いき)島」「小笠原諸島」「奄美大島」「屋久島」などはその一例といえます。幸い、これまでに奄美大島や沖ノ島を巡る機会を得ましたが、訪れたことのない島はまだたくさん残っています。その中でも、ずっと心の一隅に留めていた島がありました。青ヶ島です。

 

人々が頭に思い描く「幻の島」が実在する

 

 青ヶ島は東京都の「島嶼部(とうしょぶ)」に属するものの、伊豆諸島の最南端に位置し、東京本土からは三百五十キロメートルも離れた離島です。緯度で見ると、和歌山県と四国を越えて、宮崎県ぐらいの場所に位置しています。数年前に初めて見た島の航空写真は衝撃的でした。

青ヶ島の航空写真(写真・アフロ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南北、東西の距離がそれぞれ約三・五キロメートル×二・五キロメートル。面積でいうと六平方キロメートルに満たない小さな島は、周囲を断崖絶壁に囲まれています。地形は、海側を取り巻く「外輪山」と、中心側の丸山と呼ばれる「内輪山」からなる二重カルデラで構成されています。この二重カルデラの眺めは世界的にも珍しいもので、人々が頭に思い描く「幻の島」が、まさしくここにあります。

 青ヶ島は交通アクセスが極めて限られることから「神のご加護がなければ辿り着けない島」と、昔からいわれ続けてきました。特別な用がない限り、簡単に行けるところではありません。シャランスキーの本に出てくる島々と同様に、私も憧れとして心の中で思い描くだけでした。

 しかし二〇一七年、東京都の依頼で島嶼部を考える「東京宝島推進委員会」の委員に就任したことで、伊豆諸島との縁が開けることになり、勉強する機会ができました。

 まず伊豆諸島には思っていたよりも多くの島があり、距離的にも本土からかなり離れたところまで、それらの島々が分布しています。本土側から順に「大島(伊豆大島)」「利島(としま)」「鵜(う)渡(ど)根(ね)島(じま)」「新島(にいじま)」「地(じ)内島(ないとう)」「早島(はやしま)」「式根島(しきねじま)」「神津島(こうづしま)」「三宅島(みやけじま)」「大野原島(おおのはらじま)」「御蔵島(みくらじま)」「藺(い)灘波(なんば)島(じま)」「八丈島(はちじょうじま)」「八丈小島(はちじょうこじま)」と来て、八丈島から約七十キロメートル南に行くと、青ヶ島があります。各島はそれぞれ地形や気候など、特有の環境を持っています。

 ちなみに小笠原諸島は、そこからはるか先まで南下した場所に位置します。上空から伊豆諸島を俯瞰すると、「海の飛び石」のように見えます。本土側から見て青ヶ島は最後の飛び石で、そこから遥か先に小笠原諸島があります。いずれの島も東京都心部からは離れていますが、車はすべて品川ナンバーです。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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