高額療養費制度〈見直し〉案凍結から4ヶ月。いよいよ解凍に着手した政府の動きと、専門委員の妄言を検証する

第2回専門委員会で露呈した専門委員の玉石混淆ぶり
この日の議題は「患者団体等からのヒアリング」。参考人として、高額療養費制度の利用に深く関わる組織の4名が出席し、利用実態などを詳細に説明した。「慢性骨髄性白血病患者・家族の会 いずみの会」副代表・河田純一氏と、「一般社団法人アレルギー及び呼吸器疾患患者の声を届ける会 認定NPO法人日本アレルギー友の会」理事長武川篤之氏は、自身も制度を利用する当事者としての立場から、現状でも支払いに苦しむ人が少なからずいることを豊富な実例と資料で紹介し、自己負担上限額を引き上げないことや現行制度に存在する欠陥の改善を求めた。
なかでも河田氏は、分子標的薬の登場により10年生存率が9割以上に改善し、治療を継続できれば健康な人と同じ生命予後を送れると説明。一方で、治療費などの経済的負担に苦しむ人は56%に及び、自己負担上限額の引き上げで治療抑制や自発的受診中断による「静かな自殺」の増加が強く懸念されることも強調した。また、武川氏はアレルギー疾患患者の治療に要する生物学的製剤やJAK阻害剤の自己負担額は高額療養費制度を利用してもなお多大であることを、具体的な薬剤費用などを列挙して示した。
「NPO法人血液情報広場・つばさ」理事長で「日本骨髄バンク」理事の橋本明子氏は、経済的に苦しむ血液がん患者のために支援基金組織を設立し、運営してきた経緯について、問い合わせや相談件数の統計などとともに紹介した。橋本氏も、支援金事業で関わった患者が、経済的理由から治療を断念して、河田氏のいう「静かな自殺」を選択した例について感情を抑え淡々と述べた。
4人目の参考人、「認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML」理事長山口育子氏は、自身のがん罹患体験を述べながら制度見直しの必要性を述べたが、その内容は前の3名とは対照的で、むしろ「こんなに恵まれた制度を擁している国はほとんどないのではないか」「高額レセプト(薬剤費用)の増加で制度を維持できなくなる」「現役世代の保険料負担が大きく少子化が進んでいるので上限額引き上げが必要」という、〈見直し〉案凍結前の政府側主張(しかも論拠に欠くと医療経済学者たちからさんざん指摘された事柄)に沿う事柄がほとんどで、さらには「高額療養費の利用目的で留学してくる学生もいる」というような、すでに何度も事実に反すると否定された排外主義的主張もその中には含まれていた。
自らが疾患経験者であることを強調したうえで政府側主張を補強し、各患者団体の主張や要望を相対化して無力化しようとする、いわば「検察側証人」的立場の参考人といっていい。このようなヒアリングの場では「幅広い声を取り上げる」という、一見バランスの取れた公平性を担保している体裁を整えるために、論拠や客観的事実に乏しい極端な主張も同時に紹介するのはよくあることで、今回の山口氏の発言もそれに類するもの、と理解できるだろう。統計的論拠の公正さを欠く思い込みを開陳するのはまだ発言の自由としても、流言の流布に相当する差別的言辞(しかもすでに否定されたもの)をこのような公的議論の場で平然と開陳する良識の欠如に至っては、まったく理解に苦しむ。

これらの参考人の話を受けて、健康保険組合連合会会長代理・佐野雅宏委員は「長い期間で高額医療が必要な場合の精神的負担も極めて高いことを改めて認識した。我々保健者は主に経済的負担しか対応できないけれども、様々な疾病形態があることも踏まえ、仕組みや制度面の課題も患者の声に寄り添った対応を考えていく必要がある、と改めて感じた」「現段階で具体的イメージがあるわけではないが、患者と保険料負担者側双方にいい形になる方向を見いだしたい、という思いは同じ」と話し、参考人が示した悲痛な現状を真摯に受け止めている様子が伺えた。
また、日本労働組合総連合会(連合)副事務局長村上陽子委員は、経済的に苦しんでいる患者・制度利用者が多いという参考人の指摘を受けて、家計への影響がわかるような(統計上の)モデルケースを、がんや難病以外にもこの日紹介されたアレルギー疾患なども含めて提示するように、と厚労省事務局に対してリクエスト。早稲田大学理事・法学学術院教授・菊池馨実委員は、10年前に高額療養費制度を見直した際にもすでに患者の負担感が重く上限額を引き下げる議論がすでにあったことを指摘。それが手つかずのまま現状に至ることを踏まえたうえで、高額薬剤が増えている今日的な状況と保険財政や制度の持続可能性について、段階的に議論していけば整理できるであろう、と意見を述べた。
このような声がある一方で、NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事で社会学者の袖井孝子委員からは、この日の委員会でいったい何を聞いていたのかと耳を疑うような発言が続出した。
「山口参考人のお話が非常に印象的で、受益者意識がものすごく高くなっていて、『なんだかよくわからないけどお金が戻ってきたわ』という感覚の人もいる」「世界的に素晴らしい日本の医療制度に甘えて、意味を理解しようとしていないのではないか」というような言葉などは、経済的に苦しんで「静かな自殺」に直面している人が多いという河田参考人の事例紹介や、薬代を払えずに治療を中止して逝去した血液がん患者について述べた橋本参考人の話を聞いていたとはとても思えない妄言、というほかない。
また、この委員は「世界に冠たる素晴らしい制度に慣れきってしまい、そのありがたさがわからなくなって、『もらえるものはもらわなきゃ損だ』みたいな感じになっている。第一歩として、我々がどれだけ医療を使ってどれだけ恩恵を受けているのかということを制度利用者は自覚しなければいけない、ということをつくづく考えさせられた」とも述べた。おそらく、様々な生物学的製剤の治療費と苦しい生活負担の事例を豊富に紹介した武川参考人の資料を、この委員はまったく理解していなかったのだろう。
政府関係者等がよく自画自賛する〈世界に冠たる日本の国民皆保険制度〉は、治療費支払いに関する限りもはや誇るべきものではないことは、河田、武川、橋本参考人が具体例をいくつも紹介したとおりだ。また、その事実は、当連載でも立教大学安藤道人教授の論考ですでに明らかにしている。
そもそも、現状の自己負担額でも高額な支払いに苦労し、生き続けていく選択肢がほかにないために破滅的医療支出に直面するケースも少なくない我々制度利用者が、なぜ「〈世界に冠たる日本の医療制度〉の恩恵を自覚」しなければならないのか。証人の発言や提出資料を理解する能力を欠き、制度利用者の実態に対する想像力にも乏しいこのような人物が、「専門」委員としてこの委員会に参加することで、よりよい制度のありかたを目指す建設的な議論に寄与できるとはとても思えないのだが、いかがだろうか。
ともあれ、今回の専門委員会に参考人として参加した上記団体が説明に用いた資料は、厚生労働省サイト上で公開されている。とくに「慢性骨髄性白血病患者・家族の会 いずみの会」と「一般社団法人アレルギー及び呼吸器疾患患者の声を届ける会 認定NPO法人日本アレルギー友の会」の資料は非常に示唆に富む内容なので、関心のある人はぜひいちど目を通してみてほしい。これらの資料にも記載されているが、高額療養費制度は、自己負担上限額の引き上げ以前に、現行制度でもすでに様々な〈バグ〉を抱え、〈落とし穴〉が潜んでいる。それらの課題について、次回は東京大学大学院五十嵐中准教授とともに詳細な検証を進めてゆきたい。
プロフィール

西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。