オレに死ねと言ってんのか? ━検証!高額療養費制度改悪━ 第16回

大局的な視野に立って高額療養費制度〈見直し〉を捉える必要がある【後編】

―二木立氏との一問一答
西村章

高額療養費制度を利用している当事者が送る、この制度〈改悪〉の問題点と、それをゴリ押しする官僚・政治家のおかしさ、そして同じ国民の窮状に対して想像力が働かない日本人について考える連載第16回。前回に引き続き、日本福祉大元学長の医療経済学者・二木立氏のインタビューを掲載する。

政治的右派の一部は、むしろ手厚い社会保障制度を志向する

――将来的な医療保険制度や高額療養費制度のありかたが世間でさらに広く議論されてゆくためには、世間の勤労世代と同年代の研究者たちの声がもっと必要なのだと思います。

二木:その意味では、今回の高額療養費に関する議論で伊藤ゆりさんや五十嵐中さん、安藤道人さんたち現役世代の研究者がずいぶん頑張ったと思います。彼らが自分たちの研究をベースにして声を上げたことで、世の中に伝わっていきました。たとえば「破滅的医療支出」は、言葉自体は以前からありましたが、今回の出来事で彼らが声を上げて世の中に普及させた言葉ですよね。逆に呆れたのは、厚労省の様々な審議会等には何人ものベテラン研究者たちが参加していますが、医療保険部会で高額療養費制度の引き上げが2024年末に話題になったとき、反対だとはっきり言った人はひとりもいませんでした。にもかかわらず、伊藤さんや五十嵐さんや安藤さんたち(相対的に)若い研究者が自分たちの研究をベースにして声を上げ、何が問題なのかを世の中に伝えてゆきました。

――〈見直し〉案の一時凍結後に再開した議論では、超党派議連が上野厚労相に手交した要望書で年間上限額を設定する案(※6)を盛り込みましたが、このアイディアはどう思いますか?
(※6 その後、12月8日の専門委員会で年間上限額設定案が取り上げられ、多くの委員から賛同を得た)

二木:立派なものです、大賛成です。これは患者団体の努力に加えて、伊藤さんや五十嵐さん、安藤さんたちの努力の成果でもあると思います。それまでは、そんな話は出ていませんでしたからね。

――患者団体の要望活動がきっかけになって動き始めた超党派議連の活動は、どのような効力があるとお考えですか?

二木:効力の有無は、私にはなんとも言いようがありません。ただ、はっきりしているのは、高市総理は政治的には強硬保守のタカ派ですが、医療・社会保障政策に関しては10月の自民党総裁選に立候補した5人の候補者の中で一番まともでした。総裁選前に共同通信が行ったアンケート調査に対して、5人の中で唯一高額療養費制度の患者負担引き上げに「反対」と回答していました。元毎日新聞論説委員の宮武剛さんも『週刊福祉新聞』11月22日〈論説〉でそのことに言及し、「その姿勢を貫き、皆保険の生命線を守るため衆知を集めてほしい」と述べています。高市総理がそこまで明確に「反対」と言った以上、大幅な引き上げは政治的に難しいだろうと思います。

二木立氏

――総裁選の時にはそのような姿勢だったことは広く報道もされましたが、首相になると立場が難しくなることはないのでしょうか。

二木:とはいえ、11月28日に閣議決定した厚労省補正予算案でも、「医療・介護等支援パッケージ」で1兆3649億円を計上しています。医師会や病院団体の求める満額ではありませんが、あれは相当の内容といっていいでしょう。さらに新聞報道などでは「来年の診療報酬はプラスになる」とも早々に言い出していますよね。だから、高額療養費についても、根幹は守ると思います。
 年間上限額設定による負担軽減に話を戻すと、実現可能性があるかどうかまでは私にはわからないけれども、要求としての筋はとてもいいと思います。実現するかどうかは、力関係によるところも大きいでしょうね。

――社会負担料軽減を掲げる日本維新の会との「連立」政権ですから。

二木:でも、たとえばOTC類似薬の保険適用除外は維新が強力に主張してきた項目のひとつですが、政府は保険から外さずに保険給付の枠内で患者負担を増やす方向の調整を進めているようです。保険給付の枠内で調整する方法に私は賛成しませんが、保険適用除外よりだいぶマシです。維新もおそらく組織内では一枚岩でもないだろうし、医療・社会保障に関しては彼らが高市氏の政策に対してそれほど大きな影響力を持っているようには見えません。
 またしても古い話を持ち出して恐縮ですが、たとえば1960年の安保闘争の時の首相は、安倍晋三元首相の祖父、岸信介氏でした。憲法改正を主張した超タカ派の人物ですよね。だけど、その岸首相が国民皆保険実現のための新しい国民健康保険法を1958年12月末に成立させたんです。だから、政治的な右派思想とそれなりに手厚い社会保障制度の考え方は、じつは全然矛盾しないんですよ。なぜなら、右派の人たちは地域社会を大事に考えるから。だから、それこそレーガンやサッチャーのように政治思想が右派だから右派の政治家は皆、福祉や社会保障も抑制するというのは固定観念で、実際にはそう単純な話ではないんです。

――高市総理は自身も関節リウマチに罹患していることを公表し、生物学的製剤の治療をおそらく現在も継続しているだろうと思うのですが、そのような個人的経験が政府の政策にどれだけ影響するのか、気になるところです。

二木:そこについては、わからないとしか言いようがないですね。ただ、総理就任後からここまでの動きを見ていると、補正予算でも医療関係の分野を大幅に増やしたし、新聞報道などによると診療報酬もプラスの方向で進めるということだから、維新との「連立」で当初不安視されたほど大幅な社会保障の切り詰めにはならないと思います。

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 第15回

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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