「それから」の大阪 第8回

船場の昔と「船場センタービル」

スズキナオ

ビルの谷間に残る昔の面影

昔の船場の姿を知った私は、じっくりと船場を歩いてみたくなった。前述の映像の監修も務めていた香村菊雄氏の著書『定本 船場ものがたり』(1986年、創元社刊)を古書店で購入し、ガイドブックがわりに持参した。香村氏は1908年に船場の伏見町に生まれて以来、人生の大半を船場の変遷とともに過ごしたという人で、著作にはかつての周辺の町並みや生活の様子がつぶさに綴られている。

しかしそれにしても、現在の船場を歩いていると、目の前の風景と昔の町並みとのあまりのギャップの大きさに驚いてしまう。なんせ本の中に描かれているのは明治の末から大正、昭和のはじめの船場の様子が中心だから、この風景の変わりようも仕方ないことかもしれないが、質素な生活を好む商人の屋敷が並んでいたというかつての町のイメージを、ビルばかりの町並みに重ね合わせながら歩くのは難しい。

オフィスビルが立ち並ぶ現在の船場(2021年3月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、注意深く歩いていると、ところどころに昔の面影を残す建物が現存している。道修町に建つ旧小西家住宅は1903年に建てられた薬種商のお屋敷で、国の重要文化財に指定されている。

かつての船場にはこういったお屋敷が建ち並んでいたのだろう(2021年3月撮影)

香村菊雄『定本 船場ものがたり』に描かれているのはまさにこのような屋敷がたくさんあった時代の風景だ(2021年3月撮影)

同じ道修町には武田薬品工業の旧本社が置かれていた1928年築のビルをはじめ、モダンな建築が点在しており、古いビルの愛好家にとっては観光スポットになっているそうだ。

「武田道修町ビル」は1992年まで武田薬品工業の本社ビルだった(2021年3月撮影)

道修町界隈は古くから薬品を扱う商家が集まっていたエリアで、田辺製薬や塩野義製薬といった有名企業もここから生まれている。また、この地にある少彦名神社は薬の神様として有名で、1822年、伝染病のコレラが日本までやってきた際、この神社が配った丸薬とお守りがわりの張り子の虎によってその流行が食い止められたと伝えられている。

少彦名神社は疫病から人々を守る神社として古くから信奉されている(2021年3月撮影)

境内のあちこちに「疫病退散」の文字が見え、まさに今、コロナ禍ゆえに改めて多くの参拝客がここに訪れているという。私もお守りがわりに張り子の虎をかたどった根付を購入し、疫病の退散を祈った。

境内の売店ではこのような根付やお守りなどが販売されている(2021年3月撮影)

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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