「それから」の大阪 第8回

船場の昔と「船場センタービル」

スズキナオ
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「大阪フィルムアーカイブ計画」というプロジェクトがある。大阪市中央区にある「大阪歴史博物館」という施設や、2022年春、大阪市北区の中之島エリアで美術館開設を目指している「大阪中之島美術館準備室」などいくつかの団体が協力して運営するプロジェクトで、大阪の風景を写し取った映像のアーカイブを目指そうというものだ。

このプロジェクト、ホームビデオや自主制作の映画、学校で教育用に作られた映像や会社のPRムービーといった映像までも視野に入れてアーカイブしようとしている点が面白い。8ミリ、16ミリといった古いフィルム映像からDVと呼ばれるデジタル方式のものまで、撮影機材や記録媒体は技術の進歩とともにここ数十年で劇的に変化しているため、過去の映像が現在では簡単に再生できないといった状況が生まれやすい。そうやって散逸していく映像の中に、実は今となっては貴重な大阪の風景が残されているのではないかという考えをきっかけに始められたものだという。

つい先日、その「大阪フィルムアーカイブ計画」が広く一般に呼びかけて集めた映像のいくつかを上映するという機会があったので足を運んだ。戦後間もなく、空襲で焼け野原になった大阪の町を米軍の調査団が上空から撮影した映像や、1970年に開催された大阪万博の会場のパビリオンが会期の終了後に取り壊されていく映像、枚方市に1950年代末に建設された団地に入居した一家の何気ない日常を8ミリカメラで写し取ったホームビデオなど、こういう機会でなければ目にすることがなかったであろう昔の大阪の姿を見ることができ、新鮮な驚きがあった。

上映された映像の中に、「映画“中之島”製作グループ」という、1972年に関西の若い映像作家たちが集まって結成した制作チームによる短編のドキュメンタリー映画があった。大阪歴史博物館スタッフからの説明によると、そもそもこの映像制作チームが結成されたのには時代的な背景があるとのことだった。1971年、大阪市が中之島エリアの再開発計画を発表した。中之島は堂島川と土佐堀川という二つのに挟まれた中洲のような地帯で、古くは大名屋敷が建ち並び、次第にモダンなビルがそれにとってかわり、ビジネスの中心地となっていった。その中には明治期の建築技術の粋を集めた名建築も数多く、そういう建物が再開発によって失われるのをなんとか食い止めようと市民活動がさかんに行われた時期があったという。

「映画“中之島”製作グループ」もそのような流れの中で生まれたチームで、中之島の景観を美しい映像に残して広くPRしようという目的があったようだ。同グループは、1976年の「中之島」という作品を完成させた以降も、大阪の歴史を掘り下げる映像作品を数年おきに発表していった。上映会ではそうした作品のいくつかがスクリーンに映し出された。

その中のひとつに「船場」をテーマにした映像があった。船場とは大阪市中央区にある地域の呼び名で、土佐堀川、東横堀川、現在は埋め立てられている西横堀川と長堀川という4つの川に囲まれた、南北に長い四角形の地帯を指す。南北に約2km、東西に約1kmがその範囲で、現在ではオフィスビルばかりのエリアというイメージが浮かぶ一帯だ。しかし、その映像を見るに、船場は豊臣秀吉が大坂城を築いた際に整備した城下町がもとになって発展した土地で、秀吉が大阪の堺や京都の伏見から大勢の商人を移住させたことから大阪の商業の中心地となったと同時に、様々な土地の人が混じり合い、独自の文化がここから生まれていったという歴史を持つ地だという。

たとえば船場の商人たちは「船場言葉」と呼ばれる独特の言葉を使い、長らくそれが美しい大阪弁の規範とされてきたそうなのだが、その上品な言葉遣いは京都の公家言葉が商人たちによってもたらされたという説が有力であるようだ。また、船場の商人の間では質素倹約が美徳とされ、食事も簡素で、食材を少しも無駄にしないように料理には工夫が凝らされたという。そこには、「派手好きでおしゃべり」といった一般的な大阪のイメージとは違った空気が醸成されていたようなのだ。

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 第7回
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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船場の昔と「船場センタービル」

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