「それから」の大阪 第10回

ベトナムに帰れぬ日々を過ごすアーティスト

スズキナオ

ベトナム人の帰国は、日本人のベトナム渡航より難しい

ベトナム出身のアーティスト、トラン・ミン・ドゥックさん(2021年4月撮影)

ドゥックさんは1982年生まれ。個人と社会、異なる国と国など、様々なスケールの関係性をテーマに、自由自在に表現スタイルを変えながら作品を作り続けている。これまでニューヨークやパリをはじめとした世界各国の都市で制作・展示を行ってきており、過去にも2度来日し、東京や長崎で開催されたアートイベントに参加している。2011年10月に東京で開催されたイベントでは、巨大なピンク色の布を引きずりながら渋谷や新宿の町の中を歩くというパフォーマンスを行い、震災後の人の営みと、その日本にいる外国人としての自分を表現したという。

国際的に活躍するアーティストであるドゥックさんだが、2020年に大阪での展示を終え、ベトナムに戻ろうと思っていた矢先に新型コロナウイルスの感染状況が深刻になった。ベトナムへの空路もストップし、まったく先の見えない中でそれから1年以上を過ごしてきた。これまで世界のあちこちに1ヶ月、2ヶ月と滞在しながら制作を行うことはあったが、ベトナム以外の国にこんなに長期に渡って滞在するのは初めてのことだという。なんのめぐり合わせか、その地がたまたま大阪だったというわけだ。

日本とベトナムを行き来する飛行機は大幅に数を減らしつつも運航されているのだが、ベトナム国籍を持つ人が日本からベトナムへ帰国することが困難な状況が長く続いているという(ビジネスに従事する日本人がベトナムに渡る方がまだ簡単だそうだ)。ドゥックさんは積極的に情報を収集して帰国できるチャンスを求めているが、ベトナム政府が用意する限られたフライト数に対して帰国希望者の数が多く、妊婦や高齢者、持病を持った人などが優先されるため自分が戻れる時がいつ来るのかはまったくわからぬままだとのこと。新型コロナウイルスはベトナム国内でも猛威をふるっており、それによって帰国はますます困難になっているそうだ。

2020年以降、ドゥックさんは周囲の協力などを得て大阪市阿倍野区、西成区、住之江区を転々として過ごしてきたが、現在は今回の展示を主催する「FIGYA」のサポートによって此花区内に宿泊している。昨年の夏は想定外の暑さによって体調を崩してしまったとのこと。こうした経緯を聞いただけでもどんなに不安な日々だったろうと胸が痛くなる。

しかし、そんな日々の中でもドゥックさんは制作を続けている。制作のために割ける費用も限られるため、最近ではスーパーマーケットや100円均一ショップ等で手に入る身近な素材をモチーフにしたものが多くなっているそうだ。

玉子や惣菜類の入っていた容器を素材にした作品(2021年4月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いてみたいことはたくさんあったが、その日は時間が限られていた。別の機会にまたゆっくり話をしたい旨を告げるとドゥックさんはそれを承諾してくれた。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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