「それから」の大阪 第14回

道頓堀を立体看板でド派手に彩る「ポップ工芸」

スズキナオ

「カニもある、龍もある、じゃあうちも」

近鉄線の高安駅から10分ほど歩き、静かな住宅街を抜けた先の大阪環状線の通りに面してポップ工芸の社屋は建っていた。

八尾市高安町にあるポップ工芸の社屋(2021年10月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入口の前にはポップ工芸が手掛けた立体看板が制作物のサンプルがわりに置かれており、「なんだか面白そうな会社だ」と思わせるような雰囲気が漂っている。

入口付近にはポップ工芸が制作した立体看板が並ぶ(2021年10月撮影)

過去にイベント用に制作したという自由の女神の頭部(2021年10月撮影)

 

 

お忙しい中、ポップ工芸の代表取締役・中村雅英さんとそのご子息で執行役員を務める中村健一郎さんのお二人が取材に応じてくださった。

中村雅英さん(左)と中村健一郎さん(右)(2021年10月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に会社の沿革について伺ったところによると、20代のはじめから15年近く製薬会社でサラリーマンをしていた中村雅英さんは、毎朝決まった時間に起きなくてはならない生活が嫌で仕方なくなり、ある時、会社を辞めることを決意。たまたま手に取った新聞の紙面に看板制作会社の求人広告を見つけ、「ここに入れば後で独立して自分のペースで仕事ができるようになる」と考えたという。飲食店の開業に必要な調理器具や什器などを扱う店が多く集まる千日前道具屋筋商店街の看板制作会社に入り、一年間で看板制作に必要な大まかな技術を学んだ。住まいから近かった大阪府枚方市に十坪ほどの事務所を構え、晴れて独立したのが、雅英さんが35歳の時、1986年のことだった。

それから10年ほどは、大手の看板制作会社の下請けという形でオーソドックスな平面の看板を手掛けていたが、1997年になって突然、立体看板の制作依頼を受けた。発注元は道頓堀にある「金龍ラーメン道頓堀店」で、龍をかたどったインパクトのある看板を作って欲しいという依頼内容だった。

しかし、それまで平面看板しか作ってこなかった雅英さんには、立体物を作る上でのノウハウが一切なかった。当時、かに道楽の巨大看板はすでに存在していたそうだが、あれがどうやって作られたものなのか、情報もまったくない。そこからはまさに試行錯誤の連続だったという。

――どういう材料で作ればいいかもわからない状態でスタートしたわけですね。

「大きい龍ですから、発泡スチロールで形を作ろうということでやったんですけども、FRP(繊維強化プラスチック)ゆう樹脂を塗ったら発泡スチロールが溶けてしまったんです。それで、なんか考えなあかんゆうことで、金網で形を作ってその上に樹脂(FRP)を塗って、そして彩色していくことにしました。最初は何もわからんから大変でしたね」

その時に作った龍は20年以上が経った今も同じ場所に取り付けられている(2021年10月撮影)

2ヶ月ほどの期間をかけ、なんとか無事に看板を制作することができた。その後も平面看板をメインに制作していたが、徐々に立体看板の制作依頼が増えてきたという。「このままではどっちつかずになる」と考えた雅英さんは、2002年頃、ポップ工芸を立体看板専門の制作会社へとシフトすることを決めた。サイズの大きなオブジェを制作する機会も増え、2007年には会社を八尾市に移転し、広い敷地で作業ができるようになった。

――中村さんの制作物が評判になって立体看板の注文が増えてきたのでしょうか。

「評判になったんかは知らんけど、まあ結局、大阪の道頓堀のお店ゆうたらね、目立たしたいゆうんか、『カニもある、龍もある、じゃあうちも』ゆう感じで、うちも作りたいなっちゅう感じになったんちゃいますか。『あそこより目立つやつ作ったろ』ゆう感じでね」

――大阪以外に向けても制作をされているということでしたが、やはり、数としては大阪が多いですか?

「国内は北海道から九州まで色々やってますね。海外やとドバイとか、シンガポールとか、タイ、中国とかね。自分とこで作った方が早いんちゃうかと思うけどね(笑)。でもまあ、大阪は多いですね。特に派手な看板は道頓堀に集中的にあるからね。道頓堀のお店から依頼が来ると、こっちもちょっと力が入るゆうんかね、普通の看板はだいたいみな業者さん任せで『はいわかりました。その通り作ります』ゆうて依頼通りに作るんですけど、道頓堀に関しては、一応こっちからちょっかい出してる(笑)。『そんなんより、もうちょっとこんなんやりましょうよ』みたいなのはあります」

道頓堀に対する思い入れを語る雅英さん(2021年10月撮影)

 

 

――ポップ工芸さん側から提案することもあるわけですね。

「『せっかく道頓堀に看板つけるんやったら、ちょっとでも目立つようにしましょう』ゆうことでね。だから、この元禄さん(「元禄寿司 道頓堀店」のこと)なんかも、もともとはお皿に2貫ずつ乗ったやつを6種類ぐらい並べるゆう感じで依頼がきたんですけど、『それやったら1個ボーンと大きいの作った方が迫力あるんと違いますか』ゆうことで作ったんですね。そして、それだけやったら面白くないからゆうて、手を後で付け加えたんです」

「元禄寿司 道頓堀店」の立体看板は寿司を握る手がニュッと突き出す(2021年10月撮影)

――あの看板は本当にインパクトがありますね。アイデアも素晴らしいと思います。ああいう看板はどこまで路上に出っ張っていいものなんでしょうか。

「他の場所は全部上限があります。結構うるさいんやけど、道頓堀だけはね。まあ、ほんまはあかんと思うんやけどね(笑)。あそこまでいったら今さら言ってけえへんゆうかね。看板出す店の人らが『目立たんからもうちょっと前に出したい』ゆうてだんだん前に出ていくんですわ(笑)」

――もうあれは観光資源だと思います。あれがあるから「道頓堀に来たぞ!」と感じるというか。道頓堀だからこそのものだと思います。

「まあ、大阪の人は笑わせるとか喜ばせるのが好きなんやろうね。目立ちたがりやからね。普通の場所やったら、『なんや、あのダッサいの』とか言われるかもわからん。それが無いからね、大阪の場合は。『ダサければダサいほどええ』みたいな(笑)」

――ちなみにここ最近に制作された道頓堀の看板はありますか?

「射的の店やな。ビリケンさんとか龍とか、色々ごちゃごちゃっとつけて欲しいゆう注文でね」

コロナ禍に制作された真新しい立体看板(2021年10月撮影)

 

――2020年のコロナ以降、お仕事の現場には変化がありましたか?

「去年(2020年)はガタッと減りましたよ。ただ、コロナの影響で仕事は減ったけど、その頃、作り手がやめてもうて人がおらんかったから、ちょうどよかったと思う。その頃に入った新人さん3人に集中的に作業を教えることもできたしね」

――2021年になって仕事量は戻ってきましたか?

「うん。増えてきてるかな。なんかしら忙しいですね。さっきもゆうたけど、僕はもっと楽したいんですよ(笑)。月の半分しか仕事しないけど、そのかわり月の半分、仕事してる時はみんなの倍はやってるゆうふうにしたいんです。ちょっとでも早くできるようにとか、いかに手を抜くかとか、そういうことばっかり考えてますよ(笑)。あいつは3日かかるけど、俺やったら1日でできるとか、いつもそう思ってますもん」

――人出が足りない時に依頼がたくさん来たら一気にすごく大変になりそうですね。制作物の大きさも様々だと思うのですが、依頼内容に応じて制作期間もかなり違ってきますか?

「だいたいこれぐらいやな、っていうのはすぐわかりますね。でもこういうのはキリがない。時間かければかけるほどええのできるし、せやけどうちらは看板屋やから、そこまで手をかける必要がない。『どうせ高いところにつけるんやから、わからんやろ』ぐらいの(笑)。だから僕がここに来てスタッフにいつも言うのは『手え抜けー!手え抜けー!』って。よその社長は『ええの作れー!ええの作れー!』ゆうけど、僕は逆です(笑)」

――こういった看板は、設置するのは別の業者さんが担当されるんですか?

「うん。基本的にうちは作るだけで、だいたい大きな看板屋さんを通して依頼が来るから、取り付けるのはその看板屋さんの方やね。僕が一人でやってた時分は、設置までみんな請け負ってたけどね。大阪だけじゃなく地方からの依頼も多くなったからね。地方やったら地方の看板屋さんが取り付けはるゆうことやね」

――ポップ工芸さんはあくまで立体看板そのものを作るところまでで、依頼元の看板屋さんがここに引き取りに来て取り付けるわけですね。

「そうです。ここで引き渡し。取りに来られない場合は運送屋さんに頼んでね。やから、それがどこにどんなふうについてるかは知らないんですよ(笑)。ここで作った単品の状態はもちろん見てるんやけど、単品だけじゃあんまり面白ないよね。建物と一体になった時が面白いんやけどね」

2019年にオープンしたミュージアム「並木座」の立体看板もポップ工芸によるもの(2021年10月撮影)

 

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2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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