スーフィズム入門 第十一回

対談 スーフィズムとカリフ制②

金貨とカリフ制

中田 考×山本直輝
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山本直輝先生のトルコからの一時帰国を契機として、3回にわたり「スーフィズムとカリフ制」と題し、現代における世界のスーフィー教団の動向を踏まえて、山本先生の同志社大学時代の指導教授でもあるイスラーム学者中田考先生とお話しいただきます。今回は第2回。EUとエルドアン政権のトルコとの軋轢など現代イスラーム世界の表面的なニュースの背後にある、スーフィズムを中心とした思想史的流れとカリフ制再興運動との関係を踏まえることで、より深い考察の一助となると考えます。

構成=木村風雅 資料作成協力=久間達也

 

現代社会システムとイスラーム:政治経済におけるムスリムの斗い

山本 第2回は現代のスーフィーによるカリフ制復興運動を代表するムラービトゥーン(アラビア語で防人の意味。スコットランド人劇作家の改宗ムスリムを創始者に持つスーフィズム由来のイスラーム運動)とシェイフ・ナーズィム(英国を中心に活動したナクシュバンディー教団の一派ハッカーニー派の長老)について伺いたいと思います。前回も説明した通り、スーフィーのカリフ制復興運動の目的とは、いわゆる「本当のリアリティ」を持って神の秩序を基にヒエラルキー世界を復興することです。そのためにはまず、「リアリティのないもの」は何なのかを考えることが必要です。例えばムラービトゥーンはこの現代社会において一番リアリティのない偽物のシステムというのは経済システムだと述べ、その象徴である銀行を批判しています。

中田 そうですね

山本 一方でシェイフ・ナーズィムは、今一番リアリティのない偽物のシステムは現代の政治体制だと訴えていました。

中田 そう、民主主義ですね。

山本 シャイフ・ナーズィムのグループは民主主義に対抗するために、もう一度ヨーロッパで王政カリフ制を樹立させようと試みています。そこで今一番ポテンシャルのある国はイギリスだということで、イギリス王室をカリフ化させようというのがシェイフ・ナーズィムの夢でした。

個人的に中田先生のイスラーム研究者として一番面白いところは、ゴリゴリのサラフィー主義者でありながら、ムラービトゥーンの運動家たちの間でも認知されていて、かつナクシュバンディーの免許皆伝も持っているという3つの系統を受け継いだところにあると思います。まず、中田先生はムラービトゥーンとはどこで知り合ったのでしょうか。併せて、ムラービトゥーンの運動とは何かについて、解説してください。

中田 ムラービトゥーン運動と知り合ったのは結構新しく、マレーシアでディーナール金貨を調べていてですね。

まずヒズブッタフリール、イスラーム解放党の方が先ですね。日本にいるときはそういう運動には全く知識はなかったし、そもそも関わりようもなかったので、外国に行ってからです。エジプト留学時代にはヒズブッタフリールは全く縁がなくて、知識として名前を聞き知っていたぐらいでしたね。実際に彼らの著作は読んだこともなかった。その当時はそもそも手に入らなかったしね。読んだことはなかったんだけれどもサウジアラビアに行ってから、リヤドで知り合った外国人の中でもたまたま会った人間がなんとなくヒズブッタフリールっぽいことを言っていたんです。尋ねてみると当たっていて、党員だった。それが最初の出会いです。

山本 中田先生が会ったヒズブッタフリールの方はサウジアラビアで捕まらなかったのですか。

中田 彼は私が日本に帰国したあとに捕まって、何年か服役して釈放されてカナダに逃げました。カナダに親戚がいたんでね。それから元々レバノン人で今はレバノンのヒズブッタフリール本部のスポークスマンになっています。彼と知り合ってそれでイスラミックディーナール金貨(ディーナールはイスラーム世界に流通する金貨の単位名称)とかを知って、そのあとでイスラミックディーナールを調べているうちにムラービトゥーンという運動もそういうことをやっているというのを知ってですね。そのあとでマレーシアに行ったとき、実はマレーシアにメンバーがいるということで連絡をとったわけです。

 

ムラービトゥーン運動の創始者アブドゥルカーディル・スーフィーと金貨

 

だからマレーシアで会ったウマル・バディッロが最初なんだよね。彼はイスラーム金貨を作ってる人なんですけどね。この人はスペインのバスク人のアナーキストで、元々ヨーロッパにある地域通貨運動をやってたんです。ムラビトゥーンの思想に共感して参加したようです。一応シャーズィリー教団の修行もある程度やっていましたが、アブドゥル・カーディル・スーフィーほどにはやってないんですね。一応アラビア語もある程度喋るしね。やってはいるけども彼は経済思想が中心です。その人に会ったのがムラービトゥーンに会った最初ですね。

 

ウマル・バディッロと金貨

 

アブドゥル・カーディル・スーフィーは元々シェイクスピア役者なんですよね。元々そういう人なんで要するに非常に大きくいうとですね、ヨーロッパにいる伝統主義だと言われる人たちのサークルがあるんですよね。それの一部です。

山本 ムラービトゥーン運動はシュオンの伝統主義運動の系列なんですね。

中田 その中でもですね、例えばマルティン・リングス(スイスの形而上学者フリッチョフ・シュオンの弟子にあたる神秘主義者で、アラウィー教団というスーフィー教団員)など、ヨーロッパにも白人のイスラーム教徒が結構いて、その人たちが、基本的には井筒俊彦先生と同じような大きくいうとペレニアリストというグループに属します。永遠の真理が、時と場合に応じて様々な形、イスラームであればスーフィズム、ユダヤ教であればカバラの形、キリスト教であればキリスト教神秘主義の形を取っているが、本当は一つであると考える人たちです。だから基本的に伝統主義なんです。

大枠ではそういうサークルに属していたけれどもムラービトゥーンは、他のペレニアリストは全て異端で自分たちだけが正統なスンナを守っていると。

山本 ムラービトゥーンにとって、ペレニアリストの思想は異端ですよね。

中田 そうそう異端です。『オカルト的異端』という500~600頁の分厚い本を書いています。ただムラービトゥーンの人たちは、体系的な文章が書けない人たちなので、話がどんどんずれていって非常に読みにくいんですよ。

経済思想に話を戻すと、とにかくオスマン朝が滅びたのもヨーロッパの銀行制度を取り入れたせいで借金漬けにされたのが原因だという言い方をしています。銀行システムが一番ダメだっていう考え方です。私はさらにそれをもうちょっと抽象化して、問題は不換紙幣だと考えています。ムラービトゥーンはそういう抽象化はしない人たちなのでそういう言い方はしていませんが、とにかくイスラームの本来の貨幣制は金本位制だからそれ以外のものは全部ダメだと言っています。

ムラービトゥーンの思想の中心はアナーキズムです。金貨が必要であれば、中央政府には頼らないで自分たちで金貨を作ってしまう。ヒズブッタフリールは近代主義なので金本位制を支持していますが、金本位制をやる主体はあくまでも近代国家なのですね。国家が憲法を作ってですね、それでそういうことを規定してやっていこうと。ムラービトゥーンはそうじゃなくてそもそも憲法も銀行と同じくらいダメだって言っているのですね。だから憲法も作らない。

山本 ムラービトゥーンが作った金貨があるのですか。

中田 あります。

山本 金貨には、「ムラービトゥーン発行」と書いてあるのですか。

中田 そうじゃなくてムラービトゥーンが作らせた金貨がクランタン金貨ですね。

山本 マレーシアのクランタン州の金貨は、ムラービトゥーンが作ったのですか。

中田 あれは完全にムラービトゥーンのアイディアです。

山本 全然知らなかったのですけれど、たまたまクランタン州が金貨を作っていて、ムラービトゥーンが支持しているのかと思っていました。

中田 いえ違う。ムラービトゥーンのウマル・バディッロが一生懸命宣教してですね、ニク・マハニさんという、私も個人的に知っているクランタンの元銀行家の女性がクランタン州政府を動かして作らせたものです。

山本 そんなに頑張っていたのですね。

中田 そうです。インドネシアは違って、ある程度影響はあったのだけどインドネシアの会社が独自に作っています。だから完全にムラービトゥーンの影響があって作られたのはクランタン。まず国家なんかに任せず自分たちで作って回せばいいっていう地域通貨と同じような考え方です。それがムラービトゥーンの考え方で、その部分で国家主義のヒズブッタフリールとは違うのです。

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 第十回
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

中田 考×山本直輝

 

 

中田 考(なかた こう)
1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。東京大学文学部卒業、同大学院修士課程修了後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授等を歴任。『カリフ制再興』(書肆心水)、『増補新版 イスラーム法とは何か?』(作品社)、『イスラームの論理』(筑摩選書)、『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』(集英社新書)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)、『みんなちがって、みんなダメ』(ベストセラーズ)他著書多数。

 

山本直輝(やまもと なおき)
1989年岡山県生まれ。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 現在トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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