スーフィズム入門 第十四回

心の詩、心の音色 詩と音楽

ما هو التصوف

山本直輝(やまもと なおき)

預言者賛歌

 預言者賛歌もイスラーム世界各地に存在するが、基本的に預言者の徳の高さや昇天(ミウラージュ)の奇跡を讃えたものが多い。スーフィー思想家の預言者賛歌は彼らの神秘哲学の影響が色濃く出る場合が多い。オスマン朝期に広く読まれた次の短い詩がある。

 

神が人を愛しているからこそ、ムハンマドは現世にやってきたのだ。
ムハンマド(への敬愛の情)のない愛に何の意味があろう?
詠み人知らず

 

 この詩は神聖ハディース(クルアーンなどの啓典とは別に預言者を通して神が一人称で語った言葉)である「お前(ムハンマド)がいなければ、私はこの世界を創造しなかった。」を典拠としている。イスラームでは一般的にはまず世界が存在し、そこに人間が創造され、その導きとして預言者が遣わされたと考えられている。しかしスーフィー思想家は、まずアッラーの御許にはムハンマドがおり、そのムハンマドを深く愛しているからこそ彼が生き、その使命を果たす場所として世界を創造したと考える。人間のために預言者が送られたのでなく、預言者のためにその舞台としての世界が用意されたのである。
 この詩のように、天地の創造以前から存在する「ムハンマド」はスーフィーの預言者賛歌でよく扱われるテーマである。例えば16世紀~17世紀オスマン朝で活躍したスーフィー思想家アズィーズ・マフムト・ヒュダーイー(1628年没)が書いた次の詩がある。

 

アダムがいまだ土塊であった時から
すでにあなた(預言者ムハンマド)は預言者だったのです。
預言者の長と呼ぶにふさわしいお方です、アッラーの使徒よ!

 

 この詩はスーフィズムにおける「ムハンマド的真実在(ハキーカ・ムハンマディーヤ)」という神秘哲学を下敷きにした預言者賛歌である。イブン・アラビーの神秘哲学を奉ずるスーフィー思想家は、6世紀~7世紀に預言者として生きた歴史的実在としてのムハンマドを超え、あらゆる存在物に真理の光を与える超次元的真実在「ムハンマドの光」説を唱えた。預言者ムハンマドはこの「ムハンマドの光」が人間として顕現した存在であり、光はあらゆるものが存在する以前からアッラーの傍にいたという。ヒュダーイーの詩は、最初の人間アダムが創造される前から万物を導く光として存在していたムハンマド的真実在を讃えているのである。

 

スーフィーと音楽

 カウワーリーの伝統にみられるようにスーフィーたちは詩だけでなく、音楽にも卓越していた。例えば、連載第九回の「心を味わう―修行者の食卓」で紹介したトルコのメヴレヴィー教団は楽器演奏も修行に取り入れることで知られている。1925年にトルコ共和国内のスーフィー教団の修行場が閉鎖されたことにより、音楽や踊りの継承は困難となったが、トルコ共和国初期には理論と実践、すなわち神秘哲学と音楽双方を究めた導師たちがまだ数多く残っていた。例えばオスマン帝国末期からトルコ共和国初期にかけて活躍したトルコのリファーイー教団導師ケナン・リファーイー(1950年没)は、ルーミーの『精神的マスナウィー』の注釈者としても知られているが、ネイの演奏家、作詞家でもあった。現在でもケナン・リファーイーの書いた讃美歌は『ケナンのイスラーム讃美歌集(イラーヒーヤート・ケナン)』として出版されている。またケナン・リファーイーの作詞した讃美歌に曲を付けたイッゼッティン・ヒュマーイー(1950年没)もスーフィーであった。スーフィー教団導師の家系に生まれ、宗教歌と近代西洋音楽の教育を受けたトルコ共和国初期を代表する作曲家であったイッゼッティン・ヒュマーイーは、ケナン・リファーイーの作詞したイラーヒー(宗教歌)のうちから30の詩に曲を提供したことで知られている。現在出版されているバージョンでは楽譜も五線譜が使用されており、我々でも比較的演奏しやすい曲となっている。

作曲家イッゼッティン・ヒュマーイー

 

スーフィーと楽器

 ネイはノンリードの葦笛で、ウード、カーヌーンに並び中東古典音楽における三大楽器に数えられる。特にネイはスーフィー修行者の間で好まれ、よく演奏されている楽器で、まさしく「スーフィーの楽器」と呼ぶにふさわしい。例えばメヴレヴィー教団の祖であるルーミーの金字塔『精神的マスナウィー』は「ネイの音を聴け」という言葉で始まっている。

 

しかと聴け、ネイの音を。それが語る物語を。別離を悲しむその音色を。
(ルーミー『精神的マスナウィー』)

 

 ネイがスーフィーによって好まれる理由はいくつかある。一つはネイの構造で、ネイは笛であるため中が空洞になっており、外部から息を吹き込まれることで初めて音を奏でることができる。このような特徴からネイは空虚でありながら、アッラーから慈悲の息を吹き込まれることによって命が宿り生きることのできる創造の神秘のシンボルとみなされた。またネイが奏でるなんともいえない侘しい音は、現世に落とされたことによる神との別離に悲しみ、再び神の御許に帰ることを望む人間の魂の「声」を映し出しているという。このあたり、スーフィーとネイは日本における虚無僧と尺八に似ているかもしれない。

楽器を演奏するメヴレヴィー教団の修行者たち

 

スーフィーと旋律

 旋法とは、音階を音程関係、主音の位置、音域などの観点からさらに細かく分類した音列のことを指すが、中東やイラン、中央アジアでは独自の旋法システム「マカーム」が発達した。13世紀西アジアのアッバース朝で宮廷音楽家として活躍し、バグダード陥落後はフレグ・ハーンに召し抱えられ、イルハーン国に仕えたサフィー・アッディーンは、主要なものをマカーマート、派生的なものをアーヴァーザートと呼んだ。サフィー・アッディーンはマカームの基本をウッシャーク、ナヴァー、エスファハーンなど12種類に分類し、これらは現在でも中東音楽の旋法として受け継がれているが、スーフィー音楽家たちはマカームをテーマに即して3種類に分類している。

 

1 ガラーミー・マカーム

 ウッシャーク、ヒジャーズ、フサイニー、ラースト、フッザームなどの旋法で、「愛の旋律」という意味を持つ。アッラーや預言者への愛を表現する旋法である。

ウッシャーク旋法の例

 

2 ウフレヴィー・マカーム

 セガー、サバ―などの旋法で、天国の旋律という意味を持つ。ウフレヴィー・マカームは現世の儚さやうつろいやすさ、来世の永遠性などを表現する旋法である。

(セガー旋法の例)

 

3 タスヴィーリー・マカーム

 ニヴァーヴァンド、アジェマシーラーン、ヒジャーズキャールに代表される旋法で、「心象の旋法」という意味を持つ。心に湧き上がる様々な感情や心象風景を絵画のように表現するための旋法である。

(ヒジャーズキャール旋法の例)

 

 スーフィー音楽家たちは、アッラーと預言者を讃え、現世の儚さと来世の永続性に思いを巡らし、人の心のなんともとらえがたい複雑さを音で表現し続けてきたのである。

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 第十三回
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

山本直輝(やまもと なおき)

1989年岡山県生まれ。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教を経て現在、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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