アンケート結果から読みとられること
旅で出会った順に回答例を厳選していって、ゴールの基隆まで紙上でたどるつもりだったが、これでもまだ全行程の半分にも達していない。一人ひとりの回答者をつつむ風景があり、交わされた多少の情があるので、選ぶのもなかなかたいへんだ。
いま、日本の自宅でアンケートを見直していると、「あなたが考える、中国との最良の関係は?」の問いにこそ、出会った人々の個性と人情がつまっているように感じられる。そして改めて、これらの回答は多かれ少なかれ、平和への願いであるという事実に気づく。かつて台湾では、平和記念日の2月28日に、基隆から西海岸の最南端まで、100万の市民が手をつないで中国に対して抗議するデモが行われたことがあった(2004年)。その壮挙は私にとってはひとつの模範であり、啓示でもあり、旅をするうちに「おれはおれで全島100人の想いをつないでいるんだ」と気分を盛り立てられたものだ。この旅だって、非暴力によるデモなのだ。
であればなおさら、すべての回答をお見せしたいところだが、紙幅の都合で、まとめを試みる。
中国との関係について、無回答や「思いつかない」と答えた人は計9人いた。全質問中、最多で、やはり繊細なテーマであることがわかる。冒頭の沈さんのように、条件付きであれ「統一」を求めた人は2人いた。2人目はまだ若い男性だったので少々戸惑ったが、詳細を聞く余裕はなかった。
積極的に台湾の「独立」を希望する回答者は100人中3人にとどまった。政治用語を用いて「一辺一国」と答えた人が5人いた。この言葉は、民進党から初めて選出された総統・陳水扁氏の発言に由来し、台湾を、中国とは異なる一つの独立主権国家と規定するものと解されうる。なので、一辺一国と答えた5名もかなり明確に「独立」の意思表示をしていると言える。合わせて8名。先述の、中国との無関係を望む人も加えると11名。やっと全体の10%を超える。
また、「おなじ民族だからといっておなじ国家である必要はありません。友好関係が持てればそれでよし」と筋立てて述べた人も1人いた。以上、12%の人々が、やや強く「独立」を求めている、と解釈しうる。多いと感じるか少ないと感じるか、人によって印象が変わる数字だろう。より客観的に見るために、ほかの回答と比較してみよう。
圧倒的に多かった答えがある。「平和共存」やそれに類する回答で、計23票。はっきりと「戦争はしたくありません」と記す人も4名いた。また、中国との文化交流や民間交流を望む回答は18票。さらに重要なことに、「現状維持」を望む声が10票あった。すべて足すと過半数を占める。両岸の経済交流・貿易関係を求める者は意外に少なく、6票。
これらの回答からは、台湾に、あるいは中華民国に、国際社会の中でいかなる名分を、立場を求めているかまではうかがえない。「すでに独立している国家としての台湾」が、おなじく独立主権国家の中国と「平和共存」してほしいのか。それとも中国の一部としていずれ統一する可能性を捨てないが、とりあえずは一つの「国」(≠国家)として中国と付き合っていきたいのか。わからないし、私もあえて突っ込んだ話は求めない。
ただ、私たちが注意すべきなのは、隣国日本から「どう考えても台湾は独立国じゃん」と受けとることと、台湾の人々が、独立主権国家であるという名分の承認までを他国に、世界に、そして中国に要求することとでは意味合いがまったく異なるということだ。後者の態度を徹底すると、これは積極的な独立願望の意思表示となり、中国共産党政府が「祖国分裂」とか「民族分裂」とか呼んで忌み嫌う対象、武力行使の必要性(≒口実)を補強する材料となるだろう。
100人アンケートからは、中国政府の言う「祖国分裂」衝動はあまり感じられなかった。中国共産党の立場になってせいぜい強弁しても12%の割合にすぎない。ひるがえって私たち外野は、中国憎さや、自分好みの台湾かわいさから、「台湾独立」をあおらないようつつしまねばなるまい。特にいまの中国共産党中央は、名分を重んじる。第一回で用いた言葉で言えば、理念先行型の傾向が強くなっている。「言葉」に過剰に反応する。そういう相手とわかっていて台湾の人々を「独立」にけしかけるのは、善意のふりしたいやがらせ、ひいきの引き倒しの類になる。
中国を脅威と見なす周辺国の人々(私たち)にも、中国からの圧力に悩む台湾の方々にも、どうか悲観しないでいただきたいのは、中国政府の態度が未来永劫ずっとこうだ、というわけではないということ。例えば鄧小平の時代には、他でもない我が国と尖閣領土の帰属についてもめそうになったが、彼は未来に解決を待つ「棚上げ」論という、建前軽視、現実重視の提案をしていたではないか。
ゲンキンさこそ台湾の宝?

以上のまとめを踏まえて、最後に一人、紹介しよう。97人目の回答者だ。
台湾一周の旅のゴール直前、台湾最東端を経て雨の中たどりついた、海辺の民宿のご主人は50代前半。おしゃべりでマリンスポーツ好きの、たいへんユニークな人だった。「尊敬する人」には、1981年の国民党による白色テロの犠牲になった陳文成、民進党の創立者の一人である林義雄、それに李登輝の三名をあげ、「民族」には「台湾」と記したことから、アンチ国民党、さらには中国嫌いで、正義感の強い人物と想像された。
ところが、そんなに凝り固まってはいないのである。論より証拠、「中国との最良の関係」の彼の回答を読んでみよう。
「2014年より前は、台湾と中国が平和に統一することもありえたと思います。しかし2015年より後、香港で「反送中」デモが始まってからは(註:「反送中」デモとは2019年の逃亡犯条令改正に反対するデモを指し、時期に記憶ちがいが見られるが、2014年の雨傘運動に代表されるように、この頃から香港では反政府デモが激しくなっていた)、その希望はなくなり、統一すべきとも思わなくなりました。最良の関係は、台湾自身が一つの国となるか、もしくは日本か米国となることで、ともかく中国人にはならないことです」
なんと、ここにきて被・併合願望が! 最後の一文は、自ら音読しながらにやついていたので、冗談半分ではあるのだろう。むしろ前段が重要で、これを中国共産党の立場から見ると、現在の国内統治の仕方を反省し、いっしょになってしあわせな国家を準備すれば、台湾は自然と「帰ってくる」かもしれないということではないか。そんな「希望」を大陸側にも与える名回答だった。
そうしてこちらのご主人、「台湾について、最も誇りに思うことは?」の問いには「生存能力」と答えたのだ。この無節操、もとい、たくましさは、「台湾が日本か米国になればいい」と唱えるほど極端な形ではめずらしいが、現代台湾人の気質として、たしかに脈づいているようだ。そして私はそれに幻滅するどころか、希望をもらえたのである。
(続く)

平和を実践するためにスペイン、韓国など世界の大地に自転車を走らせ、亡命者や難民との邂逅を通して思考をめぐらし続ける──。 ノンフィクション作家の前川仁之氏は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』など、他者との共生と平和の希求をテーマに、独自の世界観を持つ作品を発表してきた。 前川さんが今回赴いたのは、台湾。台湾有事が叫ばれる今、この島の人々は何を思い、暮らしているのだろうか。自らのルーツでもある琉球弧をつたい、台湾の路上の人々の声を集め、その無事の未来を考える短期連載。
プロフィール

まえかわ さねゆき
ノンフィクション作家。1982年、大阪府生まれ。埼玉育ち。東京大学教養学部(理科Ⅰ類)中退。人形劇団員、警備員等を経て、立教大学異文化コミュニケーション学科卒。2014年、スペインの音楽家アントニオ・ホセの故郷を訪ねてその生涯を辿った作品で開高健ノンフィクション賞の最終候補となる。著書に、亡命者や難民の境遇を追った『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)、『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)、『浄土真宗「道場」の四季 北陸・福井に残る真宗信仰の古層』(宗教問題)などがある。
前川仁之





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