台灣無事行 イントロ ~路上の声から考える~ 第三回

国家を超える原住民の壮大な価値観

前川仁之

原住民に会いたくて

日月潭のサオ族の像。

 台湾には現在、政府が正式に認定しているだけでも17の原住民族が暮らしている。当地では「原住民」と呼ぶので、本稿でもそれにならう。日本では高砂族という呼び名がよく知られているが、これは日本統治時代の後半に、山地に住む人々に付された総称にすぎない。

 私が台湾の原住民に興味を持ったのは20年以上前のこと、言語を通じてだった。当時さまざまな言語の本を神保町の古書店街で安く見つけてきてはながめる(しっかり読んだ、とは言いません)趣味を持っていた私は、ニュージーランドのマオリ族の言葉とハワイ語があまりによく似ていることに気づいた。二つの島は赤道をまたいで8000キロも離れているが、この人たちは小舟で海を行き来していたのだ。この人たちが使う明るい響きの言語の系統をまとめてアウストロネシア語族(かつてはマレー‐ポリネシア語族とも)と呼び、その使用範囲の東限はイースター島、北限は台湾だと知った。台湾の原住民族はそれぞれ独自の言語を持っていて互いに通じないが、基本的にはおなじアウストロネシア語族だという。

 それを知り、がぜんロマンをかきたてられたのだった。なぜなら私の父は沖縄出身で、しかもそれなりの沖縄顔を息子にまでつないでくれている。アウストロネシア系の人々が台湾まで達していたということは、そこからわずか110キロ東の与那国島にも、そしてその先飛び石のように連なる琉球弧の島々にも……と自分のルーツとの接点を想像させられるのだ。

 そんなわけだから、この旅ではぜひ原住民の人々にも会っておきたくて、事前にノートに各族の特徴と分布図を調べて書き写してきた。問題は、そうかんたんに会えるか、だ。台湾の人口およそ2400万人のうち、原住民はわずか2.7%(※1)。数字だけ見ると非常に少なく感じられる。

 ところがかんたんに会えたのだ。なにをかくそう、「100人アンケート」の最初の回答者はアミ族の女性で、旅を終えてみたら100人の回答者のうち25人が原住民(混血含む)と、本来の人口比の10倍近い割合になっていた。

 これには二つの理由が考えられる。一つは、私が積極的に探したから。たとえば台北には北原会館という、原住民の文化教育や展示をおこなう立派な施設がある。原住民文化をだいじにする台湾にはその手の施設が少なくない。そこへ行けば、誰かしら会えるのである。

 もう一つ理由がある。原住民の方々の多くが、いまだに代々の土地の近辺にまとまって暮らしているようなのだ。つまり人口の2.7%と言ってもどの地域でも均等にそうなっている、というわけではまったくなく、それどころか原住民が住人の多数派、という地域もめずらしくない。そういうところ――主に山間部や東海岸の集落――を走っていると、わざわざ狙わなくとも、会う人会う人「私はなになに族です」ということになるのだ。食事をごちそうになるなど、お世話になることもあった。数字よりもずっと多く感じられ、これはうれしい発見だった。

 そして彼ら原住民の価値観にはやはり、ある種の傾向が認められたのだ。

 わずか25名の母集団では統計上の意味は持たないが、もともと統計なんぞ、マーク・トウェインによると「世の中には三種類のウソがある。ただのウソ、まっかなウソ、そして統計だ」というような代物なので、そんなに気にしないでよい。経験と直感による判断を加えながら、原住民の考える「台湾の歴史上、あなたが最も尊敬する人物は誰ですか?」の回答例とその傾向を見てゆこう。

(※1)フォーカス台湾 2026年3月1日
https://japan.focustaiwan.tw/society/202603010003

国の歴史より家族が大事?

華源湾の絶景。

 原住民25名中、自分の家族や親族をあげた人が6名。回答者全体(100名)では7名だったことを考えると、これははっきりとした傾向と受け取ってよいのではないだろうか。

 その内訳は、父親が3人、母親が1人、祖父(父方)が1人、祖母(父方)が1人。くどいようだがアンケートでは「台湾の歴史上で」とことわっているのに、家族をあげてくるのだ。たとえばこんなケースがあった。

 南東部の台東県北部の知本にはプユマ族が多く暮らしている。ここには「山地人発祥地」の石碑があり、ちょうど私が通りかかった時に、年に一度の祖霊祭が行われていた。中央山脈の付け根から、華源湾という美しい海岸線を臨むすばらしいロケーションだ。

 土地のお祭りを見かけたら極力寄ってゆくのは、スペインを旅していた頃からの不文律となっている。あいさつと見学からはじめ、やがてご相伴にあずかるのだが(自転車移動中はお酒は遠慮する)、地域の信仰には繊細なルールがあったりするので、でしゃばりすぎないよう、同時に遠慮しすぎないよう、注意が必要だ。

 この時に私を仲間に入れてくれた、同世代の胡さん(漢名)にもアンケートを頼んだ。サングラスをしていて目の表情は見えないが、ノリのいい男性だ。彼らよりもっと若い、青少年層になると、みな黒い民族衣装を身につけ、腰に四角いベルを吊るしている。歩くとカラカラ鳴り、剣舞でも始めそうなカッコよさがある。

 さんざん悩んだあげくに胡さんが挙げた尊敬する人は、「母親」だった。「誠実で、責任感のある人だ」と、それだけ。祖霊祭というシチュエーションが、家族への感謝を思い出させたものか。ちなみに台湾の原住民の多くは男系社会だが、サキザヤ族、クバラン族、アミ族、プユマ族は母系社会だという。プユマ族の胡さんが父親ではなく母親をあげたのは、たまたまにしてもおもしろい。

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 第二回
台灣無事行 イントロ ~路上の声から考える~

平和を実践するためにスペイン、韓国など世界の大地に自転車を走らせ、亡命者や難民との邂逅を通して思考をめぐらし続ける──。 ノンフィクション作家の前川仁之氏は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』など、他者との共生と平和の希求をテーマに、独自の世界観を持つ作品を発表してきた。 前川さんが今回赴いたのは、台湾。台湾有事が叫ばれる今、この島の人々は何を思い、暮らしているのだろうか。自らのルーツでもある琉球弧をつたい、台湾の路上の人々の声を集め、その無事の未来を考える短期連載。

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プロフィール

前川仁之

まえかわ さねゆき

ノンフィクション作家。1982年、大阪府生まれ。埼玉育ち。東京大学教養学部(理科Ⅰ類)中退。人形劇団員、警備員等を経て、立教大学異文化コミュニケーション学科卒。2014年、スペインの音楽家アントニオ・ホセの故郷を訪ねてその生涯を辿った作品で開高健ノンフィクション賞の最終候補となる。著書に、亡命者や難民の境遇を追った『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)、『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)、『浄土真宗「道場」の四季 北陸・福井に残る真宗信仰の古層』(宗教問題)などがある。

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国家を超える原住民の壮大な価値観

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