WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第8回

地雷

サフェト・アリバシッチ 激動の時代に、シッティングバレーボールと出会う

黒川祥子
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 サフェト・アリバシッチの人生が変わった日…。彼の足跡を辿るうえで、地雷を踏んでしまったその日を避けて通ることはできないだろう。後悔してもし切れない、その日。対人地雷という兵器のおぞましさ、そして紛争の残酷さが牙を剥いた。

 しかし、チームメイトのエルミンと出会ったその日、彼の人生は再び変わった。止まっていた時計が、時を刻みだしたのだ。

 WOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

 

「ここだよ。ここで、地雷を踏んだんだ」

 サフェト・アリバシッチは12歳の時に、自分の人生を180度違うものに変えた場所に、取材クルーを案内した。トゥーズラ県ルカバッツ、サフェトのふるさとだ。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 周囲には、緑豊かな田園風景が広がる。20年前に戦場と化していたとは想像すらできない、のどかで美しい場所だ。舗装されていない小道の脇に草むらが続く。サフェトはその足で、おぞましい場所に立つ。

「ここを通るたび、あの時の画像が瞬間、頭を横切るんだ。だから、あまり来たくはない場所なんだ。ここを通るたびに、フラッシュバックのようにあの恐ろしい瞬間が蘇るんだ。ああ、オレの人生が破壊されたところなんだとまざまざと見てしまう」

足を奪っても命は奪わない

 サフェトの生まれ故郷の村は、紛争開始の早い時期にセルビア人勢力によって占領され、激戦地となった。敵は撤退時に、地雷を仕掛けて去る。3年半に及ぶ紛争の間に、住宅地など場所を問わず、ボスニア全土で約600万個以上の地雷が埋められ、子どもの被害者も少なくない。とりわけ、ルカバッツはボスニア・ヘルツェゴビナで最も地雷が多い地域とされる。

 戦争博物館の館長は、地雷についてこう解説する。

「対人地雷です。ボスニアで最も多い地雷がいわゆる『パテ』という缶詰型の地雷です。踏んだら爆発しますが、死ぬことはほとんどない。大抵は足を失います。なぜなら、これらの地雷は殺すのではなく、戦闘能力の麻痺が目的だからです。だから爆発物の量はそれほど多くない。戦闘作戦に加われなくするのが目的だからです。撤退時に仕掛けていくのが多いのですが、たとえば家の中に仕掛けて、持ち主が帰ってきて被害を受けるとか、テレビやおもちゃに仕掛けるというのも聞いています」

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 第7回
WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 
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