対談

なぜいま「金利」に注目が集まるのか?マネックスグループ・松本大会長と『はじめての日本国債』著者が考える

服部孝洋×松本大

2025年1月に利上げが実施され、新聞やSNSなどで金利や国債の話題が急増している。服部孝洋氏による『はじめての日本国債』(集英社新書)では債券や金利の基本に加え、日銀の利上げなどについて平易に解説している。本対談ではマネックスグループの前身であるマネックス証券創業前から債券ビジネスに深く関わってきた松本大氏と、今日における金利および債券を理解することの重要性について考える。


『はじめての日本国債』(集英社新書)

服部 松本会長の『松本大の資本市場立国論:日本を復活させる2000兆円の使い方』(東洋経済新報社)を拝読しましたが、その中で、個人投資家も金利の基本について知っておくべきであると書かれています。とはいえ、同書では株式投資に関する話のページ数の方が多くなっています。

松本 日本人にとっての資産運用を考えると、預金をたくさん持っている点が特徴です。預金は短期債券に近いと思うので、それならあまり投資されていない株式の話を多くした方がいい、という判断です。     

ただ、ここにきて状況が少し変わってきました。少し前までは預金と債券はどちらも金利がないという意味で、ほぼ同等でした。それが2025年になって、日本の長期金利(10年国債金利)が1.2%まで来ています。今後、個人投資家にとって、債券もしっかり投資対象として考えなければいけない資産クラスになってくるでしょう。

服部 多くの投資家にとって債券投資はやや難しくて、株の方が取り組みやすいのではという意見も少なくありません。

松本 株と債券を比べると、債券投資には数学を使うので、そこはやはり難しく感じられるかもしれません。債券には期間構造*1があるし、金利状況に応じて既発債の価格が額面を上回ったり下回ったりするので、これらの計算には数学を使います。他にも満期の長さが違ったり、社債の中でも信用(クレジット)リスク*2によっていろんな種類があったりしますよね。

服部 複雑ではありますね。

服部孝洋 氏

松本 それに比べると株式投資は単純ともいえます。債券は上に言ったような3次元、4次元の商品なのに対して、株は 1次元的商品ですから。ただし株には、企業の成長を左右する経営者の考え方とか、資産の中身やキャッシュフローなどにそれぞれの個性が表れていて、ある意味、生き物みたいに多様なんです。このような違いがあるので、個人投資家にとって株はとっつきやすいかもしれないけど、仕事で債券をやってきた人間には、株ってすごく難しかったりするわけです。たとえば国債なら1つのクレジットで、イールドカーブ*3は1本として計算すれば済みますが、株って数千種類もあるんですよね、 となります。

服部 松本会長は、マネックス証券を創業されるまでは、ソロモン・ブラザーズとゴールドマン・サックスに勤務されていましたが、マーケット部門で債券ビジネスをされていましたよね。

松本 新卒で外資系証券に入社してからの約10年は、ほぼ債券でした。米国債、日本国債などのトレーディングから、オプションや先物、スワップなどデリバティブ*4のトレーディング、仕組債の組成に至るまで、債券のことはほぼ全部やりました。

服部 そのご経験を踏まえてお聞きしたいのですが、いまの日本の国債市場、債券市場をどういう風にご覧になっていますか。

松本 昔は日本の長期(10年)国債が、比較的静かな日でも1日で10bps(0.1%)ぐらいは平気で動いていました。「資金運用部ショック」*5の時なんて、長期国債の金利が短時間で1%近く動いたこともあったんですよね。それに比べると、今は1日で10bps動いたら大ニュースになっちゃうので、やっぱり超低金利政策の期間を通じて、債券市場のダイナミズムが損なわれたことは否めないと感じます。

松本大 氏

服部 金利の急上昇を経験した市場参加者は今ではかなり少ないですよね。

松本 機関投資家や証券会社の取締役まで行ってもほぼいないですよね。知っている人は、日銀の植田和男総裁と、かつて僕の部下だったGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の植田栄治CIO(最高運用責任者)ぐらいかもしれませんね。

そうすると、いざ金利が動き始めた時に市場参加者に経験値がないので、動きが行き過ぎちゃう可能性があります。みんなが金利なんて上がるわけないでしょ?と言ってるうちに、何かのきっかけで突然激しく動く可能性があると思います。その可能性を、日銀総裁とGPIFのCIOが知っているというのは、不幸中の幸いと言えるかもしれません。

服部 ご著書では、金融教育に対する強い思いも感じました。東京大学に、資本市場の研究などのために10億円寄付していただきましたよね。

松本 2023年に個人で寄付しまして、そのお金で藤井輝夫総長直下に「応用資本市場研究センター」を作ってもらいました。これには理由があります。藤井総長と、産学連携を担当している相原博昭副学長はどちらも物理の先生なのが肝でして、実は僕は、資本市場は経済学よりも物理学のほうが近いと思っているんです。

たとえば、米国のFRBには多くの経済学者が所属していて、彼らがものすごく考えて金利調節をするわけです。ところが、それによる実体経済のスローダウンや活性化の効果よりも、いまや金利が金融市場を大きく動かしているから、その影響が実体経済に来る流れの方が大きくなっちゃってる。FRBはずっと流動性を増やし続けてきたし、さらにリーマンショックの時にもいっぱいお金を刷りました。そうして資本市場が膨れ上がり、その動きが実体経済を動かしてしまうようになったわけです。

私自身は、経済学ではもう資本市場の分析をできなくなっていると思うんです。もともとデリバティブの価格付けには熱伝導方程式が使われていて、完全に物理学の世界です。そして債券は数学の世界です。なので、資本市場を理解するには文系の学問である経済学から入るよりも、理系から入った方が分かりやすいと思います。

デリバティブは米国では非常に盛んですが、日本の金融市場ではオプション取引なんてないに等しいし、デリバティブに対する理解がめちゃくちゃ低い。でも、日本の学生の方が米国の学生よりはるかに数学はできます。だから大学の理系で金融工学を教えたら、みんな簡単に理解しちゃいますよ。文系でも興味がある人は受けられるようにしたらいいと、藤井総長にも話しました。

服部 私は経済学も資本市場を理解するうえで大切だとおもいますが、金融機関の債券セクションには理系が多いという印象はあります。市場参加者の中には、文系は株式で、理系は債券があっているということを言う人もいます。

理系の学部生に、資本市場や債券の基本を教えたほうがいいというお考えなんですね。実は、私の東大での金融の講義では理系の学生もかなり受講しています。金利の期間構造やデュレーション*6の計算などを徹底的に教えるってことですよね。

松本 そうですね、ボラティリティなどの計算もです。結局、債券でも株でも感覚じゃなくて、きちんと理論で把握できる人がいいんです。理系のクラスでそういう部品を教えておけば、その人たちが将来トレーダーになっても使えるし、政策決定者になっても使えるし、エコノミストになっても使えます。

松本大 氏

服部 一般の個人投資家も数学的な知識をちゃんと学んで、資本市場に向き合った方がよいと思われますか。

松本 そう思いますね。株式投資や、ポートフォリオの設計にも使えますし。マネックスでは「マネックス・アクティビスト・ファンド」という投資信託を運用していて、私の今までの経験とネットワークを存分に活用しています。物言う投資家として投資先の企業にエンゲージメント(対話)を行うファンドで、自慢になりますが(笑)、運用成績がすごくいいんです。これは単にアクティビズム(投資先企業の経営への関与)やエンゲージメントの効果というだけではなくて、やっぱりポートフォリオのリスク管理をはじめとする金融工学的な、外からは見えにくい作業を色々やっていることの効果がすごく大きいんですよ。

服部 とはいえ一般的には債券や金利についてはハードルが高いという意見もあり、一方で、書店に行っても、金利や債券、国債の解説書は少ないと感じています。特に日本では金利が低く推移する期間が長くつづいているので話題も少なかったですよね。しかし、日銀が利上げを始めており、金利が世間的にも注目され始めている感覚はあり、これからだと思っています。

松本 金利については多くの人が誤解している部分もあると思います。民間の銀行が潰れないようにするために、日銀が低金利を長く続けたというようなことを、有識者扱いの人が言うわけですよ。でもそれは間違いで、銀行は貸し出しで稼ぐわけですから、低金利では銀行は儲かりません。日本で低金利が続いた 10~15年の間、米国は日本よりずっと金利は高かった。つまり、邦銀より米国の銀行のほうが儲かっていました。この結果、米国の銀行は研究開発を活発に行うことができ、テクノロジーで邦銀に大差をつけました。低金利政策が邦銀を弱くしたんですよ。このことをわかっていない人がすごく多いのも、金利が理解されていないからです。

今だって本当は、個人的には金利をもっと上げた方がいいと思うんですよ。金利を上げることによって預金金利がついて、そのお金で消費が活性化する効果のほうが大きいと僕は思います。だけど、金利を上げると経済を止めちゃうという意見があまりにも多くて、そうすると「景気は気から」で、間違った意見が多くなると自己実現してしまう。だから、大本の理解を正していかないといけないと思いますね。

服部 金利や債券はやはり難しいといわれることが多いので、債券や金利の話を一般に広く理解してもらうためには、読者にとってわかりやすい書籍やレクチャーが必要だと思います。私の経験では、金融機関に働いている人にとっても、デュレーションやコンベクシティなどの概念は必ずしも簡単に理解できるものではないと感じています。松本会長のお話をうかがって、改めて私が頑張ってわかりやすい書籍を書いて、債券や金利についての理解を広げたいと思いました。

服部孝洋 氏

(取材・構成:日野秀規 撮影:内藤サトル)


*1期間構造:債券の利回りと満期までの残存期間の関係。
*2信用(クレジット):投資家は債券の発行体の信用力に応じた金利を求めるので、一般的に信用が低いほど債券の利回りは高くなる。
*3 イールドカーブ:債券の利回りを縦軸、満期までの残存期間を横軸に取った曲線グラフで、金利の期間構造を表す。
*4デリバティブ:日本語では金融派生商品といい、金利や株価、為替などから派生する金融取引。
*5 資金運用部ショック:1998年12月に、大蔵省の資金運用部が国債の買い入れを停止すると市場参加者が予測したことをきっかけに日本国債が急落。10年債利回りが0.7%から2.4%台に急騰した。
*6 デュレーション:金利変動に対する、債券価格の変動しやすさを示す指標。デュレーションが大きい方が金利変動に応じて価格が大きく動く。債券投資のリスク指標として広く用いられる。

関連書籍

はじめての日本国債

プロフィール

服部孝洋×松本大

服部孝洋(はっとりたかひろ)
経済学者。東京大学公共政策大学院特任准教授。
2008年野村證券入社、2016年財務省財務総合政策研究所を経て、現職。
著書に『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、『はじめての日本国債』(集英社新書)、共著に『国際金融』(日本評論社)。
SNSやホームページでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的に行なっている。

松本 大(マツモト オオキ)
マネックスグループ会長
マネックスグループ株式会社取締役会議長兼代表執行役会長。1963年埼玉県生まれ。1987年東京大学法学部卒業、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券入社。1990年ゴールドマン・サックス証券に転じ、1994年史上最年少の30歳で同社のゼネラル・パートナーに就任。アジアにおけるトレーディング、リスク・マネジメントの責任者となり、スペシャル・シチュエーション・グループも設立。1999年ソニーとの共同出資でマネックス(現マネックス証券)を設立。25年間、社長・CEOとしてマネックスを牽引し続け、2023年6月より現職。経済審議会委員、 東京証券取引所その他複数の上場企業の社外取締役を歴任。現在はルビ財団ファウンダー・評議員、マスターカード社外取締役、ヒューマン・ライツ・ウォッチ国際理事会副会長、日本将棋連盟理事も務める。

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なぜいま「金利」に注目が集まるのか?マネックスグループ・松本大会長と『はじめての日本国債』著者が考える