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『デス・ゾーン』著者・河野啓氏インタビュー【後編】
河野啓

第18回開高健ノンフィクション賞の受賞作『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(集英社)の文庫版が1月20日に発売された。2018年に亡くなった「異色の登山家」とも称される栗城史多氏を描き、注目を集めた一冊だ。

河野啓著『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(集英社、750円+税)

栗城氏は「夢の共有」というキャッチコピーを掲げて登山の様子を動画配信するなど、従来の登山家のイメージには収まらない型破りな活動を続け、話題を呼んだ人物だった。その活動には激しい毀誉きよ褒貶ほうへんがついて回った。

そんな栗城氏を主人公に据えた本書を、著者の河野氏が執筆するに至ったきっかけとは何か。また、本書を通じてどのようなメッセージを世に訴えたかったのか。文庫版の刊行を記念して、2021年に実施された著者インタビューの後編をここに再掲したい。

――本書の重要なテーマとして、「インターネット」や「SNS」が挙げられると思います。栗城さんはネットでの活発な発信や、動画での登山中継などで話題を集めて「異色の登山家」とも呼ばれました。本作では、そうした栗城さんのネットとの関係性についても克明に描かれています。著者である河野さんご自身は、ネットやSNSとはどのように付き合っているのでしょうか。

河野 実は、この本が発売されてからネットは一切見ないようにしているんですよ。

――えっ、ネットを見ていない。

河野 そうなんです(笑)。一つ感想を読んでしまうと、また次の感想という風に、気になってどんどん読んでしまうだろうなあ、振り回されてしまうだろうなあと思ったんですね。

執筆中にはむしろネットの情報を毎日、それこそ探るように、溺れるように見ていました。「ネット登山家」とまで呼ばれた栗城さんの足跡は、ネット情報を見ないと辿れない部分がかなりあったので。

ただ、今回の本が発表されてからは一切見ないようにしています。勤務している北海道放送の同僚から、直接「面白かった」と言われたりとか、あるいは取材対象者の方から手紙が寄せられたりすることはありますが、ネットで自ら感想を探すことはありません。

やっぱり栗城さんの人生を辿っていたら、ネットという場が怖くなった、ということが大きいですね。それに前編でも触れましたが、僕ごとき無名のテレビマンのブログにさえ、相当すごいコメントが来たことがありますから。

これを一つ一つまともに受け止めて、咀(そ)嚼(しゃく)しようとしていたら身も心も持たないな、と感じたので見ないようにしています。何を言われても動じないぞ、と言えるほど強い男でもないので。

ただ、決して色々なご意見を無視しようとしているということではありません。執筆中には本書が世に出ることで向けられるであろう、あらゆる批判を覚悟したうえで書こうと決意を持って取り組んだのは事実です。

この話に関連することで、朝日新聞の北海道版にも寄稿したんですけれども、僕は今回の原稿を書きながら、ときどきその書く手を止めながら行っていた「作業」があるんです。

――どんな「作業」でしょうか?

河野 自分自身を思いつく限りの言葉で罵倒していたんですよね。

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プロフィール

河野啓

1963年愛媛県生まれ。北海道大学法学部卒業。1987年北海道放送入社。ディレクターとして、数々のドキュメンタリー、ドラマ、情報番組などを制作。高校中退者や不登校の生徒を受け入れる北星学園余市高校を取材したシリーズ番組(『学校とは何か?』〈放送文化基金賞本賞〉、『ツッパリ教師の卒業式』〈日本民間放送連盟賞〉など)を担当。著書に『よみがえる高校』(集英社)、『北緯43度の雪 もうひとつの中国とオリンピック』(小学館、第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞)など。『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』で第18回開高健ノンフィクション賞を受賞。

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