しかしミヤザキは、アーティストとして決して順風満帆だったわけではない。その表現スタイルも、かつては「Supper Happy」からかけ離れたものだった。
「20代の後半までずっと、暗いトーンの攻撃的な絵を描いていました。批判や怒りをぶちまけるような殴り描き。それがカッコいいと思っていました」
バスキアやキース・へリングなど、ストリートアートの画家たちに影響を受けた。筑波大学芸術研究科修士課程を修了後、ロンドンで画家修業をした。
「ワーキングホリデーを使っての渡英で、留学でもなく仕事でもなく、何の身分も持っていませんでした。クラブやライブハウスを、絵具と紙を持って巡り、ライブペイントを続ける日々。ストリートアートの絵描き仲間に、何とかわたりあおうと、自分を奮い立たせて絵を描いていましたが、殺伐とした中でグラフィティのような絵を描いて、それが何になるんだろう、という思いもありました。彼らの表現の核となる翳りや怒りは、僕とは全く質が違います。ドラッグに溺れるような人もいて、突然の殴り合いも日常でした。
「表現とは何か」を突き詰めることはつまり、「自分は何者か」を突き詰めることです。だとしたら、狂気の隣りまでいかないと、到達できない表現もあるのでしょう。だけど、ぼくは普通の家で育って、親も社会にも大して怒りがあるわけではなかった。彼らとはバックボーンが違い過ぎました」
周囲のアーティストと違うことをしなければ、勝ち目はない。そう思ったミヤザキは、ロンドンでたまたま見ていたテレビのドキュメンタリー番組に目を止める。
「ケニアの首都ナイロビに東アフリカ最大のスラム街があって、自身もスラム出身の女性が『子どもたちに勉強する機会を与えたい』と始めた小学校があると。孤児やストリートチルドレンなど、行き場のない子どもたちを受け入れて、今は500名程が通っている。それを見て、こういう場所に絵があったらいいのではないか、と思ったんです。現地の日本人ライターの方につないでいただき、壁画を描かせて欲しいと、その『マゴソスクール』の校長先生にお願いしました」
快諾され、ケニアへ飛んだ。もちろん渡航費用も画材も自腹だ。
気合充分のミヤザキだが、そこで大きな失敗をする。
「当時は、アーティストが自分の内にある思いを一人で創り上げてこそのアートだと思っていたので、思いのままに、歯をむき出しているでかいドラゴンを描いたんです。そうしたら、ある日先生に呼ばれて、『絵が怖すぎて、子どもが登校拒否を起こしている』と。アフリカではドラゴンという架空の存在はなく、現実に家畜を丸のみする巨大な蛇・アナコンダがいて、子どもたちはそれを描いたと思って恐怖したらしいのです。『この日本人はいったい何しに来たんだ』と、不穏な空気が漂っていました。慌てて全て消しました。そこで初めて、子どもたちに尋ねたんです。『何が好き』『何を描けばいい?』 すると、『ライオン!』とか『バオバブ!』とか」
正直、分かりやす過ぎる絵を描くのは、アーティストとして屈するような気持ちもあった。
「でも時間がなかったので、えり好みしていられない。みんなに手伝ってもらって描き上げました。それが思いのほか楽しくて。出来上がったときには、『イェーイ!』みたいに、みなで盛り上がりました。
それまで、喜びや明るさを表現するのはストレートすぎるし、『媚』なのではないかと思っていたんです。でもぼくはそもそも気質的に暗い人間ではなくて、スポーツや共同作業も好きです。ハッピーでポジティブなものを作っていくことは、表現としても自分に合っているのではないか、と気づきました」
この2006年のケニアでの壁画制作が、その後、世界を舞台に据えるミヤザキの活動の原点となった。
News!
新たな壁画プロジェクトとして、2018年はエクアドルで行うことが決定。
そのキックオフイベントが4月1日東京・青山にて開催される。
【日時】4月1日(日) 14:00~17:00(受付13:30~)
【会場】GLOCAL CAFE
https://glocalcafe.jp/aoyama/2018-03-22/
【内容】
1)エクアドル壁画プロジェクトの説明
2)エクアドルミュージシャンによるパフォーマンス
3)エクアドルカフェVamos出店、エクアドル民芸品販売、
Over the Wall展示会、サポーターグッズ販売
【入場料】無料
取材・文/角南範子 写真/Over the Wall
(次回の配信は4月5日の予定です)
プロフィール
1978年佐賀市生まれ。筑波大学修士課程芸術研究科を修了後、ロンドンへ渡りアート制作を開始。「Supper Happy」をテーマに、見た瞬間に幸せになれる作品制作を行っている。2006年から始めたケニア壁画プロジェクトでは、100万人が住むといわれるキベラスラムの学校に壁画を描き、現地の人々と共同で作品を制作するスタイルが注目される。現在世界中で壁画を残す活動「 Over the Wall 」を主催し、2016年は東ティモールの国立病院、2017年はUNHCR協力のもと、ウクライナのマリウポリ市に国内難民のための壁画を制作した。2018年はエクアドルの女性刑務所で制作予定。