対談

自分の中のモヤモヤから簡単に〝おりない〟思想が今、大事なのかもしれない

飯田朔×武田砂鉄

モヤモヤをワクワクに変える必要はない。

武田 モヤモヤということでいえば、以前『アシタノカレッジ』というTBSのラジオ番組の帯番組の金曜日を担当していたのですが、そのスローガンが『モヤモヤをワクワクするアシタに変えていく!』というもので、これは放送の中でも何度か言ってきたんですが、別にモヤモヤをワクワクに変える必要はないんじゃないか、という根本的な疑問がありました。

 モヤモヤという言葉はカタカナにするとポップだし、『モヤモヤさまぁ~ず2』という人気番組もあるくらい馴染みのある言葉になっていますが、個人が感じるモヤモヤの光景や質感ってそれぞれに違うから、それは変えようとしなくてもいい、むしろ、飼いならすくらいでいいんじゃないか、と思っています。もちろん、そのモヤモヤがハラスメントなど他者の介入によって生じるものであれば、解決しなければいけませんが、そうではなくて、まさに飯田さんが早稲田の初日に、周囲の学生たちがアドレス交換をしているときに「あれは何なんだ」と感じたモヤモヤは、大事にしておいたほうがいいと思うんです。そういうものを取り払ってキレイにするのが良いことだ、という風潮に頷きたくないですよね。

 飯田さんの本にも書かれている、インフルエンサーやユーチューバーが発するメッセージで、強制的にワクワク方面に持って行かれてしまう危うさを感じているし、そんなモヤモヤからくるもどかしさを自分の中に持っていたい、という思いがあります。

飯田 もちろんそうなんですけど、大学を卒業して10年くらいが経過して、やっぱり就職をした方がいいんじゃないかとか、批評を書くなら大学院に行った方がいいんじゃないかとか、自分の頭の中に浮かんでくるそういった問いや、社会から感じるプレッシャーをその都度的確に判断して、「いや、それはないだろうな」とはねのけられたかというと、全然そうではなくて、会社に就職しないまでも、何か正規の仕事に就いたほうが良いんじゃないか、NPOみたいなところで働けばいいんじゃないかという、そういうものに吸い寄せられたり、「あ、やっぱりちょっと違う」と感じて、そこから抜け出そうとしたり、そういう10年間を過ごして来たなと思うので、スパッと「こうすればおりられます」とか「自分はおりました。そのメソッドをこの本で提供します」みたいな感じではまったくないんです。

文筆家。1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』が初の書籍執筆となる。

 武田さんの『父ではありませんが』では、「ポイントカード的な思考」への批判がなされていましたが、結婚したり、子供を作ったり、家を買ったりすると人生のポイントカードにポンとスタンプを押せるというような、そういうことを確かめ合う会話を僕も実際に見聞きするんですけど、そういう話じゃないところから話を始めたり、ものを考えたりしたいんですよ。

 僕が最近していることって、たとえば畑をやってるとか、中国語教室に行ってるとか、言ってみればポイントカードのポイントにならないものばかりで、だから人に「最近どうしてるの?」と訊ねられてそういう話をしても、微妙な顔をされるんですね。

武田 「ずっと同じポイントカードを使わされているけれども、なぜそうやってポイントを貯めていかなければいけないんだ」と疑問に思う人たちがいる一方で、「了解です。30代までにこれくらい貯めて、40代になると7~8割くらい貯まって、最終的にこれくらいになればいいんですね」と積極的に取り組んでいく人たちもいて、そうやって、要望通りにポイントを貯める姿勢への疑いが全くないのはどういうことなのだろう、とは思います。

 僕は今41歳で、先日、5年ぶりくらいに中高の同窓会に行ったのですが、露骨ではないにせよ、「ポイントカードの確かめ合い」が発生する。ポイントカード社会の中にいると、それ以外のポイントカードを作ることはが難しくなってくるのかもしれません。とはいえ、自分自身は、表に出て言葉を書く・発するという、比較的珍しいポイントカードを持っているから、そういう場所に行ってもダメージを受けにくい。同窓会に参加しなかった人たちの中には、「ああいう場所に行けば確実にダメージを受けそうだ」と思って行かない人も、きっとたくさんいるのだろうと思います。

飯田 僕も、「最近何してるの?」と訊ねられると、「本を出したりしたんだよね」と今は言えるけど、そうすると「作家デビューだね」なんて言われて、でも、別に本を出したからって、なんて言うのか、うまく言えないですけど……。

武田 飯田さんと話していると「なんかうまく言えないんですけど……」とか、「えーと」とか「うーん」と、ためらう言葉が多いですよね。それってとても重要なことだと思うんです。メディア対応に慣れてくると、何か訊ねられたときに即座に、「うん、それはですね」と、頭の中で固まってないにもかかわらず言葉だけが口から出ていくのは、良くないことなんですよ。自分はすっかりそうなっちゃっていますが。

 訊ねられたら、考えもまとまってないのにすぐに言葉を返す。それって、自分の考え方を無理やりパズルの枠にねじこんで合わせていくような作業です。飯田さんは人と対談するのは今日が初めてとのことですが、その「あー」や「うー」の重要性を改めて感じました。

「人によるよね」と、放っておけない日本社会

飯田 さっきのモヤモヤの話に含まれるのかちょっとわからないんですけど、いろんな場面で自分に降りかかってくるプレッシャーのようなものへの違和感や批判って、最初に『紋切型社会』をお書きになった頃から、武田さんはずっとありますよね。

武田 そうですね。その意味では、自分が書いていることって、あまり変化がありません。なんで、世の中がこういうふうになっているの、という疑いのまなざしは通底しているはずです。

飯田 親とか友達とか、もしくは政治家の発言とか、いろんなところで受けるプレッシャーや、勝手にカテゴリーに入れられることへの反発は、僕の勝手な印象だと、この5年間ぐらいで、武田さんに近い年齢の人たちが、「そういうのはいやだよね」と言語化するようになった気がして、それってなんでかなと思うんですよ。

武田 「この人はこういう生き方だから」「この人はこういう考えを持っているから」と伝えられたことに対し、前ほどは否定されにくくなりました。一方で、それを認めたがらない人たちも、まだたくさんいます。

 たとえば、飯田さんの本を読んで、「いや、そうじゃなくて働けよ」という感想を誰かが書いたとして、「うん、そのとおりだ。働こうよ」と言う人と、「いや、そうではなくて彼は今、こういう生き方を選択しているんだから、それでいいでしょう」と言う人の割合は、おそらく5年前と今では、だいぶ異なるはず。さらに10年前ならどうだっただろうと考えると、その割合はもっと違っていたでしょう。

 このタイミングで、こういう本が書かれていることが、文章を書く面白さのひとつでもあると思います。飯田さん自身、連載しているときは、本として出すタイミングにどんな社会になっているかはそこまで考えていなかったはずで、時代の先読みをできない戸惑いの中で書かれたものが、時代と合ったり合わなかったりする。本を書く上で面白いことだと思います。

飯田 これは僕個人なのか、育った年代の差なのかわからないんですけど、僕よりも少し上の、武田さんの世代のほうが社会から受けたプレッシャーは若干強かったのかな、という気もしないでもないんです。

武田 どうなんでしょう。自分は就職氷河期の最後尾くらいの世代ですが、どんな世代にも、その世代なりの苦しみはあったでしょう。たとえば僕が「しんどかったですよ」と言うと、もっと先輩のしんどかった話や、さらにその上の世代のしんどかった話が出てきて、マウントの取り合いになる。しんどさ選手権をやってもしょうがない。

 就職、結婚、出産といった、人生のど真ん中にあるとされる生き方に対して、「そうじゃ無くてもいいんですよ」という選択肢が、選びやすい形で具体的に出てきたのは自分たちの世代だと思うし、それは良いことだなとも思います。

 今度は、選択肢があるがゆえに、「どの選択肢でいけばいいのか」という迷いが出てきてしまう。繰り返しになりますが、迷いが生じたときのモヤモヤをワクワクに変えることは簡単ではないから、そのモヤモヤした状態を肯定し容認することが、いま一番必要なのではないかと思います。

 飯田さんは、現在は実家暮らしだということですが、年を重ねていくと、まわりでは家を出てひとり暮らしをしたり、結婚する人も増えてくるじゃないですか。そういった周囲の変化によって、自分の考えは変わるものですか?

飯田 10年ぐらい前のことで忘れつつあるんですけど、最初はやはり、ひとり暮らしをしなければいけない、と思っていました。大学を出てバリバリの企業に就職するじゃないにしても、たとえばどこかの市役所に勤めるとか、学芸員や学校の教師をするとか、何かしら文化系のフルタイムの仕事をやるんだろう、やれればいいな、と想定していました。

 家を出てのんびりひとり暮らしをして、もしかしたら結婚もするかもしれないな……、となんとなく思っていたんですが、大学で不登校になって、気づいたら大学4年生だけれども、とても就職活動をできる状態ではない。大学を出て2~3年した頃も、何か別の方法でフルタイムの仕事につけるようにした方がいいんじゃないかと思いつつ過ごしていて、「やっぱり実家はいつかは出るものだ」と考えていた頃に、勝山実さんの『安心引きこもりライフ』という本に出会い、そこに実家で暮らした方がいいという実体験が書かれていて、それを読んだことで、「あ、そうだよな。実家にいても別にいいよな」と思えるようになりました。武田さんはとっくに実家を出ているんですよね。

武田 大学を卒業して就職する22歳までは実家暮らしでした。

飯田 実家は早く出たかったんですか?

武田 実家は、東京とはいえ多摩地方で都心から比較的遠いところだったので、いずれは出るんだろうなと思っていました。親って、たとえば友達が来たりしたときに、ちょっとだけ高い、「いいお菓子」を出したりするじゃないですか。僕がひとり暮らしを始めるようになって、あるとき実家に帰ると、その「いいお菓子」が出てきたんです。それで「あっ、自分はよそ行きのお菓子を出される存在になったんだ、実家を出たんだ」と思いました。そのときの感覚は、今でも覚えています。確かに言われてみれば、実家は必ずしも出なければいけないものではないですね。

飯田 ひきこもり、とひと言で言っても、親との関係も様々だろうから、仲が悪くなくても、一緒に住んでいるだけでストレスが溜まるし無理だ、という家族もあるだろうし、いがみ合っているけど実家で暮らしても全然大丈夫、という人もいるだろうし。一緒に暮らす難しさは家族によって違うと思いますが、僕の場合は親とそれほど仲が悪くないから、一緒に住んでいられる、ということはあるのかもしません。

武田 状況によりますよね。実家暮らしでもひとり暮らしでも結婚していてもパートナーとの同居でも、どんな暮らし方であったとしても「人によるよね」で終わることだと思うんですが、それをなぜか「人によるよね」にしたがらないところが、日本社会に根強くありますね。

飯田 引きこもりとか発達障害の人に対する行政の支援とかでは、「自立」ということばがすごく頻繁に出てくるんです。どこかに就職してひとり暮らしをしているのが一人前、みたいなかんじで。だから、最初から実家暮らしは否定されてるようなところがありますよね。

武田 実家暮らし支援センター、というのを作ってみたらいいんじゃないですか。

飯田 持続可能な実家暮らし(笑)。

武田 実家暮らしを続けていると「親はそのうち高齢になるんだから」とか、「もし介護が始まったら大変だよ」という声がたくさん飛んでくるし、それは今後もっと投げつけられると思うんですが、「そんなことはわかってるよ」と思いながら日々暮らしている、ということですよね。

飯田 だからなんていうのか、そりゃあお金を稼ぐ手段があればひとり暮らしをしたい人はするだろうし、僕もお金があればひとり暮らしをしていたと思います。でも、引きこもりみたいな状態で無理に実家から出ようとして、それで体調を崩したりなんかしたら、よけいに大変だし、だからとりあえず実家で暮らして行きましょう、みたいな、そういう感じはありますね。そういう状態で無理に実家を出ようとしても、逆効果なんじゃないか。もちろん、奮起して働いて実家を出ました、という人は、それはそれでもちろんいいことなんですけど。

武田 さっきも言ったことですが、今の飯田さんが、いろんなことを考えながら、「あー」「うー」「これでいいんですかね?」と困ったり戸惑ったりしているのは、すごく大事なことじゃないかと思うんです。

 慣れてくると言葉が軽くなって、「よし、今日は集英社の会議室に行って、編集者の人とカメラマンさんがいて、これくらいの時間になったら話をまとめたほうがよさそうだな」と、自分のお腹の中の一番大事なところにあるものではないものを出して、その場をまとめあげようとするテクニックを得てしまう。「あー」「うー」がたくさんある今の状態をぜひ保ち続けてほしいと思います……、とか言いながらまとめようとしている、この自分の感じがよろしくないんです(笑)。

取材・文/西村章  撮影/五十嵐和博

1 2

関連書籍

「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから

プロフィール

飯田朔×武田砂鉄

いいだ さく

文筆家。1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』が初の書籍執筆となる。

たけだ さてつ

1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年、『紋切型社会』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。最新刊は2023年9月に出た『なんかいやな感じ』(講談社)。他に『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『父ではありませんが』など。週刊誌、ファッション誌、webメディアなどで執筆するほか、ラジオ番組のパーソナリティとしても活躍

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

自分の中のモヤモヤから簡単に〝おりない〟思想が今、大事なのかもしれない