写真という「表現」を通じて闘い続ける理由

写真家・石川真生が「琉球大写真絵巻」に込めた思い 最終回

石川真生
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 もうひとつ面白いのは、毎回22~23点の写真を一枚の布にプリントするというスタイルのせいか、観た人から「次も楽しみにしています」って、まるで漫画の続きを楽しみにしている読者みたいな反応があること。
 そうして「自分の作品を待ち望んでくれている人がいる」って手応えがあるのは楽しいし、やっぱり、楽しいから続けられる。ただし、昔は「かよわい乙女」だった私も、今や64歳のババアだからさ(笑)。しかも去年、パート4を撮っている最中にステージ4の癌が見つかった。12時間の大手術を生き延びたとはいえ、自分でも体力の衰えは身に染みている。

 大きくて重い6×7の中判のアナログカメラで撮影している時は、「気力」で乗り切れるけど、それ以外は若い子たちに手伝ってもらいながらの「介護状態」。それでも、これは一番大きな、最後の仕事だと思っているから、自分の体が動く間は撮り続けるつもり。
 今はもう「パート5」の制作に取り掛かっているんだけど、同時に、全く違うふたつの新たなテーマにも取り組み始めちゃったので大変。私って、思いついたら走り出すし、走り始めたらやめられない、止まらないからさ(笑)。

 ちなみに、次のパート5でやりたいことは見えてきてきた。最近、毎日のように米軍のヘリの事故が続いているけど、それに対して日本政府は「抗議しているふり」しかしていないし、米軍も事故が再発しないように「努力しているふり」しかしていないじゃない?
 もっとアタマにきたのは、大半がヤマト(本土)の人からだと思うけど、ヘリコプターの窓が校庭に落ちた小学校や、米軍機の部品が屋根に当たったと訴えている保育園に対して、嫌がらせの電話やメールを送る人たちがたくさんいたこと。保育園の件については米軍が事故そのものを認めてないからって「嘘つき」呼ばわりする人たちがいるみたいだけど、沖縄では昔から「米軍が認めなかった事故や事件」なんていっぱいある。

 どうして、そんな嫌がらせをする人たちがいるんだろう……と考えた時、私はある意味、日本の人たちが「正直」になっているからだと思ったの。以前なら、心のどこかにあっても表向きはカッコつけたり、なんとなく「恥ずかしいことだ」という意識があったりして、剥き出しにできなかった沖縄への差別意識を、いつの間にか「正直」に表に出してもいい世の中になってしまってるんだと思った。なにしろ日本のトップである総理大臣が「正直」だから、普通のひとたちも「それでいいんだ……」って思い始めているんじゃないか。

 次のパート5では、そこから攻めようと思っている。そうやって、私の写真で安倍首相をたっぴらかす(ぶっ潰す)。私、一匹オオカミだし、こう見えて、気の小さい、かよわい女だから、人に何を言われても「悪い声には耳傾けない、褒めてくれる声にだけ耳傾ける」って心に決めているのね。そうやって自分を「がんばれっ!」て応援してくれる人たちの輪を広げながら、これからもやっていけたらと思ってる。

埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」では3月4日まで大琉球写真絵巻のパート3・4を展示中。3月3、4日は石川さんのトークショーも予定されている。詳しくは、http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2018/
mao.html まで。(写真/原爆の図丸木美術館)

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プロフィール

石川真生

1953年、沖縄県生まれ。写真家。主な作品に『熱き日々in沖縄』(フォイル)、『石川真生写真集 日の丸を視る目』(未来社)、『石川真生写真集 FENCES,OKINAWA』など。現在、「大琉球写真絵巻」のパート5を作成中。

 
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