米国メディアは発売の約1週間前から、コミー氏の著書について大きく報じた。
コミー氏はABCニュース(4月13日)のインタビューで、興味深い事実を明らかにした。それは英国情報機関「MI-6」の元諜報員、クリストファー・スティール氏が作成した調査報告書、いわゆる「スティール文書」をトランプ大統領がすごく気にしていたというのだ。この文書にはトランプ氏が2013年、ミス・ユニバース大会の主催者としてモスクワを訪れた際、市内のホテルで複数の売春婦と乱交騒ぎをした光景をロシア側に撮影されたことなどが書かれていた。
コミー氏はトランプ大統領が就任した直後の2017年1月27日、ホワイトハウスでの2人だけの夕食会で、大統領に「スティール文書の内容が真実でないことを証明してほしい」と言われたという。
「大統領は『それが1%でも本当だと妻が思う可能性があれば大変だ』というのです。その時は『売春婦とモスクワで放尿し合っていたという情報が本当だと妻が思う可能性が1%でもあるとはどういうことか』と思いました。どんな結婚生活なのか、妻にどんな人間と思われていたのかと思いました」
それから大統領は「君に捜査を命じるかもしれない」と言ったため、コミー氏は「あなた自身が捜査の対象だとみなされる可能性があるので、慎重になる必要があります。また、そうしたことがなかったと証明するのは極めて難しいと思います」と伝えたという。
さらに、この夕食会で、大統領はコミー氏にマイケル・フリン元大統領補佐官(国家安全保障担当)に対するロシア疑惑関連の捜査を中止するように求めたが、コミー氏は、「このことはおそらく司法妨害の証拠となります」と述べたそうだ(トランプ大統領は、「捜査を止めるように言ったことはない」と全面的に否定している)。
この夕食会からわずか3カ月半後の5月9日、コミー氏は解任された。その直後、当時、国家安全保障長官だったジョン・ケリー氏(現在は大統領首席補佐官)から、コミー氏に電話があった。
ケリー氏は「あなた(コミー氏)の解任に抗議して辞任するつもりだ。あなたのような人物をあのように扱う恥ずべき人たちのもとで働きたくない」と話したが、コミー氏は辞任しないように強く求め、「とくに今の大統領の周辺にはあなたのような人が必要だ」と伝えたという。
コミー氏はABCニュースのインタビューで改めて、「トランプ氏は大統領に不適格だ」と述べ、こう続けた。
「シャーロッツビルの事件(白人至上主義者らの集会で抗議した1人が殺害され、十数人が重軽傷を負った)は道義的に問題ないとし、女性をモノのように扱い、あらゆることについて嘘をつき、アメリカ国民にそれを信じろ、という人物は合衆国大統領として道徳的に不適格だと思います」
プロフィール
矢部武(やべ たけし)
1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。